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10 美術館めぐり Appreciate pictures in ArtMuseums / A very beginning of the europian art-history. 西洋美術史(絵画史)ことはじめ―その2 書籍案内② [ミュージアム 美術史]

 第二回目は以前も言っていた入門書。国際的にも評価が高いと言われる偉い先生がお書きになっている洋書の翻訳物。文体の好みや内容の得手不得手もあるので、ここで紹介するものだけでなく、自分に合ったものを探そう。そして先に申し上げておくが、このブログの内容は個人の感想のもとにまとめた紹介文なので、読書感想文と同様、自分が感じたことを丁寧に述べているだけである。したがって万人に通用、適応するものではないことをご了承願いたい。
 まずは自分が学者肌と思う方へのお薦め(別に本当の学者でなくても、あえて当てはめれば、でいい。自分で思っているだけで十分にその資格はある)。優秀な方はこれが良いと思う。
 そう、アルテ著の『美術史入門』から始めよう。タイトルのこれ、真面目で勤勉家の人にとっての「入門書」であり、素人には専門書にしか感じないので注意。
 白水社の【文庫クセジュ】シリーズはいつもながら良いところに目が向いているように感じる。以前、文学史や音楽史とならび美術史も同じカテゴリで研究対象とする方法論が適切というニュアンスの内容を述べたことがある。いわゆる文化史のありかたのようなものだ。それはこの本などからの請け売りである。この本では学生に向けて述べた序章に記されている。
 この本のすごいところはマニアックと今の時代なら言って良いかも知れない知識情報の網羅。本当に入門のため、イントロダクションの本かと疑ってしまうレベルだ。わたしも軽くしか触れられないが(難しいおつむを持ち合わせていないので・笑)、美術史の基本的、代表的な研究家ブルクハルト、ヴェルフリン、リーグルなどの「様式論」からの研究史を載せているだけでなく、ヘーゲルやレヴィストロースなどの哲学、現代思想の大学者まで網羅している。ヴェルフリンの『美術史の基礎概念』の翻訳本はウチの本棚に刺さっているが、恐れ多くてまだ読み込めずにいる。ずっとそのままかも知れない(笑)。
 確か前者はオーストリアの一派であり、図案の様式から発展した読解法を確立、美学、美術史の専門家だ。だが後者は学問体系全般を十九世紀に確立させた人であり、現代の学問や芸術の研究のやり方は、少なからずやヘーゲルの方法によっていまもなされているはずである(断定できないところがわたしの知識の浅いところだ・笑)。
 レヴィストロースの方は、哲学と言うよりも現代思想といわれる。まあ、パラダイムという学問のファッションに則って評価を上げてきた思想家と理解しているが、もちろん浅い知識の中での話だ。この著者のものは、大昔に『悲しき熱帯』を一度だけ手にしたことがある程度だ。中身については未開と現代社会についての内容だった気もするが、ほとんど覚えていない(だめだめです・笑)。現代思想というのなら一般的には美術関連の方はロラン・バルド、経験概念ならジョン・デューイと思ってしまったわたしだ。お決まりのパターンしか知らない痴れ者である(笑)。
 というくらい本書の研究略史はすごい構成になっている。一般に学術的な論文の場合は第一章に自分が扱う学問体系の史料批判箇所と研究略史を持ってきて、入れるのがオーソドックスなのだが、その手法に則ったお手本のような構成。
 うーん。……なのだが、中身が難しいので、無知なわたしにとっては到底理解及ばず、ななめ読みで終わる類の本である(ゴメンナサイ)。しかもあとで全く覚えていないパターンになりそう。こういった本を読みこなせる人たちには尊敬の一言しかあるまい。もともとの教養的な下地が備わっている人たちにはかなわない。
 後半の印象派の話などは楽しく読めたが、ちゃんと正直に申し上げて、じゃあ、そこなら理解しているかと問われれば否である(道近からずや)。しかし真面目に美術史を学ぼうという人は(わたしも含めてだが、このブログ読む人にいるのかな?)、こういった本を丹念に調べ上げながら読み込むことが大事であろう。落ちこぼれのわたしが言うのもなんだが、きっと学校の先生もそう言うはずである(笑)。
 一方のアーノルドの『美術史』。これはわたしの扱うこのブログの目線に少しだけ近い(アルテの本と比べればのはなしである。後半のカント哲学とからめた下りなどはやはり侮れない)。岩波書店刊行である。
 この書の中では、「様式論」だけに視点を向けすぎるのは危険であると言っている。これは十九世紀からの「様式論」がとてもすごい視点、発見で、後続の方々がみな模倣のように同じ研究方法を何十年もやってきて、マンネリズムになったことからの警鐘と一般人のわたしなどは感じ取っている。まあ取り方は人それぞれである。加えれば、先のアルテの著書よりも、若干新しいかなと巻末のリファレンスを辿って思った。
 テレビゲームキャラクターとモナリザを同一見解で述べたり、わたしの好きな画家コンスタブルの自然風景画と商業美術の融合についてのサンプルなどは面白く読めたと思う。コンスタブルのこれと類似するものは、このブログでもミュシャの回のときに例えている。近代的な資本主義と広告デザイン(ポスターやパッケージ)の関係は十九世紀の大きな躍進である。資本主義の登場で芸術の世界もがらりと様変わりしたことは、少なからずや影響しているはず。
 ほかにも本書は技術的な側面や材料(画材や鉱石)についての話も扱っている。さらには一段低く扱われがちな写真や現代アート、グラフィックスなども差別せずに同等の評価で観察してくれているところも嬉しい限りだ(すごく大昔の美術の本にありがちだった差異を克服している)。構成的には、俯瞰した内容を掘り下げる形で美術史を提示してくれるので読みやすかったと言える。ただしものすごく真面目な人は前者のアルテにした方が良い。たまたまわたしのカラーとあったと言うまでのことである。
  次は学術から少し距離を置いて、柔らかい発想で美術を考えたいという方にお薦め。『美学への招待』(中公新書刊)だ。この本を買った理由は簡単、池上氏の名著『記号論への招待』とタイトルが似ていて面白そうだったからだ(すみません。わたしはそんなもんです)。
 しかし中身はもっと柔らかく、美術や芸術をどのような視点で探るかやファインアート、現代アートなど、私たちがアートって何? と首を傾げそうな内容のものまで教えてくれるという内容である。芸術を何を持って芸術かと定義する方法を養う目を育成するための本というとわかり易いかもしれない。あくまで視点は美学であり、美術史と隣接分野であるがやはりそこは審美性を重視していると思って良い。楽しく肩のこらない内容と、身の回りにある例えから教えてくれるのがこの本の特徴である。
 美術の本ではないのだが、ヨーロッパの歴史を扱う場合に多くの人たちが挙げておくものを一冊ご紹介。『ヨーロッパとは何か』(岩波新書刊)である。端的に、とても端折るとヨーロッパは三つの要素が常に絡み合う文化であるというものだ。例えば民族は、スラブ・アングロサクソン=ゲルマン・ラテンであり、宗教はそれにほぼ重なるように正教・新教・旧教である。おまけに言語もこれに被さるようにスラブ・ゲルマン・ロマンスみたいなお話を例えなどを交えながら教えてくれる素晴らしい本である。ヨーロッパの文化はこの三要素のうえに成り立っており、文学や芸術はその発展系に値するのである。ロマン主義などの十九世紀の芸術潮流を学びたいならこれお薦めである。直接的な知識にはならないが、この事を知っているのといないのでは話の厚みが変わってくる。わたしの生涯の本に加えられる一冊である。
 さて今回はルノアールもモネもちっとも出てこない回となった。絵画ファンの期待を裏切ったと思われては困るので、ちゃんと最後に図録という出版物の説明をしてから幕引きといこう。
 手元にすぐ出たので二冊の図録がある。この二冊を見ながら文章を綴ることにした。前提として、「図録」ってなんだ? という人もいるかも知れないので、そこから行こう。美術館の特別展に行くと出口や入口にあるミュージアムショップで、その特別展の展示物を一覧で、写真付きで載せている二千ー三千円ほどの分厚い本を売っているあれである(規模の大きな展覧会は、薄くて安価な簡易図録を売る場合もある。わたしごときはそういうのでおおよそ十分である)。それが図録だ。わたしも毎回買うわけではない。結構な大きさなので増えると置き場に困るからだ。その二冊は、二〇〇六年のポーラ美術館(箱根)の『ピカソ 5つのテーマ』図録と二〇〇七年開催の新国立美術館特別展『大回顧展 モネ 印象派の巨匠、その遺産』だ。選択にまったく意図はなく、たまたま手に届く場所に刺さっていたため取ったまでである。
 この二冊、同じ図録でも意味が異なる。前者は美術館主催の自前の所蔵品をまとめて選び直して展示する美術館が開催主の特別展の図録である。対して後者は収集展、巡回展、つまりフランスや諸外国の有名な美術館から期限付きで作品をお借りして収集展示、日本の美術館で一堂に会して展示をする展覧会。採算の関係や地方の文化的ニーズなども含めて、折角なので各地を回らせようとしたものが巡回展となる。どちらも常設展に対して、滅多にないお蔵出しや所蔵作品ではない借り物作品の展示なので特別展ということになる。作品を借りる期限もあるので、その長さによって何カ所回るのかや途中での入れ替え展示なども変わってくる。(ちなみにこのモネ展は東京だけでした。巡回はしていません)どちらも画家本人のファンにとっては楽しみな展覧会だ。
 このように美術館をめぐる楽しみには、歴史や芸術の勉強の他に、美術館自身の社会的な役割や機能を理解するという多面的な知識に出逢うことの出来る楽しみもある。その一端は美術史の概説書や図録などを通しても垣間見えるということになる。こうした美術の本たちを羅針盤にして、次回からは書物の評論や解説を通しての絵画鑑賞や知識確認と洒落込もうではないか。案内役がわたしと言うことだけが唯一の心配の種だが、そこは笑顔と愛嬌で許してもらいたい(笑)。

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9 美術館めぐり Appreciate pictures in Art Museums 西洋美術史(絵画史)ことはじめ―その1 書籍案内① [ミュージアム 美術史]

 今回から画家についての「人となり」を時代と一緒に鑑みていきたい。そのため私が基礎資料とする底本や文献を先に列挙する。読者と知識の共有を図れればという準備のためその序章として、書籍などを提示してみようと思う。こんな初歩的なことは知っているという方は、スキップしていただき(できれば専門的なブログに行くことをおすすめする)、ごく一般の方々の教養としての学習、調査のレベルとしての内容に、ご賛同願える方々を中心に話を進めたい。知識欲に長けている方々、ゴメンナサイ(ご期待にこたえられるように精進はしているつもり・笑)。
 これに先立って言っておく。わたしは本好きである。知り合いなら、「知ってるよ。わざわざここで言うな」という言葉が返ってきそうだ。今回は、その読書遍歴(わたしの場合は「偏歴」・偏っているので)から絵画史の書籍を考えてみようと思う。つまりは、簡単な「文献解題」としての役目、美術館をめぐるうえで役に立つと考えての主題だ。なんか久々に生涯学習インストラクターとして、まともなブログにたどり着いたような気がする(笑)。
 わたしが絵画を理解するうえで、何度も読み返した記事や文献の著者、研究者やキュレーターは三人挙げるとすれば、高階秀爾、馬淵明子、千足伸行の各氏。これら三名の記事や著書を拝読したことが多い。五本指で挙げろと言えば、そこに島田紀夫、高橋裕子の両氏が入れられると思う。
 専門的に仕事にしているわけではなく、どちらかと言えば趣味に近いので、誰がどの記事を書いたなどを詳しく事細かに覚えてはいないが、リファレンスや索引を辿った記事を調べると、いつもこの先生方の名前にたどり着いたため、自然にお名前を覚えてしまったというのが本当のところだ。実際の諸先生方の本当のご専門までは知らない。名前を覚えたきっかけは様々で、著書である書籍(概説書が多い)はもちろんのこと、それは美術百科事典だったり、分冊百科だったり、図録やカタログだったり、『BT』関連だったり、美術館トークショーだったり、檀ふみさんやハナさんのころの「新日曜美術館」だったり(一部昔の「日曜美術館」だったり)、民放の美術番組等の時もあった。
 おそらくこの五人の大先生が著されている概説書や一般向けの入門書に目を通しておけば、最近の話題から基本事項である美術史の話まで易しく、しっかりと理解出来るのではないかと個人的には思っている。とりわけわたしが気に入っているのは高階先生の新書本サイズである『近代絵画史』の上下巻だ。真面目で堅い内容だが、文章はやわらかく、淡々と語りかけるようにお書きになる文体が好きである。しかも近代に絞ってくれているので、作品にも当たりやすい。印象派や新古典、ロマン派、世紀末美術などをしっかりとした時代ごとに分類しながら解説してくれているので、読書時間は、まるで講義を受けているような感じがした。購入代金以上の何かを得られた気分になった書籍だった(あくまで個人の感想である)。こういう瞬間、向き不向きで言えば、「ああ自分は黒板前で教えるより、書棚のある空間で学び調べたい人なんだな」と思うのである。
 さて書籍で一般的なものをお探しという方には文献探しのための二次文献(?)である『楽しい美術本ガイド』(美術手帖編集部編)と、体裁の整った概説書である『(カラー版)西洋美術史』(高階秀爾監修)がおすすめである。これらはおおよそ多くの図書館にも入っているし、古書店や新刊書店でも入手しやすいものだったと記憶している。
 これらの本による影響は大きい。私は大雑把な美術史の流れと作品、画家しか頭に入っていないが、それでもこうした概説書や入門書のおかげで美術館に足を運ぶのが楽しくなったのは間違いない。もちろん、あくまでこれは私個人の感想であり、一例にすぎず、ほかにもたくさんのいい本があることは言うまでもない。
 次回は書籍案内の第二回を予定しているが、そのあと第三回からは、せっかく書籍案内を軸にした視点なので、それぞれの本が同じ作品をどのような観点で見ているのかという比較考察を軸にしたご紹介の仕方で本編を進めてみたいと考えている。楽しくなればいいなというのが本音である。

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一般的な美術史の概説書
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8 美術館めぐり Appreciate pictures in Art Museums わたし「も」お気に入りの場所-国立西洋美術館の学習活動と散歩 [ミュージアム]

 とてもご無沙汰な更新である。もうこのブログの存在すら覚えていない人が多いのではないだろうか?
 さて、学生時代、暇はあってもお金がないという時にちょくちょくお邪魔したのが上野のお山(いまもお金がないのは変わらないのだが・笑)。今回の美術館訪問のしおりの舞台はいまホットな場所だ。
 しかもそれは駅の公園口からすぐのところにある。交通至便だ。そう国立西洋美術館である。今は言わずと知れた「世界遺産」、巨匠建築家ル・コルビュジエの作品の一つとして登録された由緒ある建物だ。わたしが社会に出て、書店めぐりの仕事で初めて売り歩いた本もル・コルビュジエ。なにかとご縁のあるお方だ(笑)。登録については、全くもってめでたい話だ。ほとぼりもほどほどになった頃を見計らって、わたしがここで扱うことにした。
 なぜ安価で入場できるかというと、常設展だからだ。2016年現在、四百三十円にて入場できる。しかし常設展といってもここの美術館の常設展は、ひと味違う。特別展並みの名作揃いなのだ。ひもとけば当たり前だと言われそうだが、かの「松方コレクション」をベースにしていたので印象派の作品、特にモネの作品の充実が目を惹く。
 コレクションの主、松方幸三郎(1865-1950)は印象派の画家たちから信頼された日本人収集家だった。ちなみに総理大臣の三男というお坊ちゃまだ。ただし、松方は単なる収集家ではなく、美術館構想を抱いた収集活動を目的としていた。日本にいる美術を志す若者に、本物の西欧美術を見せたいという大きな夢を抱いていた。イギリス人画家のブラングイン(1867-1956)の協力をもとに西欧の美術品を収集し、共楽美術館という美術館を麻布につくる構想を持っていた。すでに土地も購入済みだったと聞く。昭和恐慌による会社の経営不振のため断念、イギリスの倉庫の品は紛失、フランスの倉庫のものが、リュクサンブール美術館のベネディット館長のおかげで戦火を免れた。その後敵国条項により、フランス政府の所有となるが、フランス政府の日仏友好のあかしとして、戦後日本に戻されたのである。
 特にモネは日本通と言うこともあるのだろうが、松方が自分のコレクションを揃えるためにモネのもとを訪れた際に、とても彼を気に入って、売るつもりではなかった作品の数々を出してきてくれて、譲ってくれたというエピソードまで残っている。それくらいに信頼に満ちた関係だったようだ。
 ところでタイトルに『わたし「も」…』としたのにはこだわりがある。理由は単純で、もし『わたしの…』だったなら、自分だけのように思えるからだ。みんなの美術館なので「も」である。ワン・オブ・ゼムのわたしなのだ。
 ご存じのかたも多いのだろうが、この美術館は当初、でんでんむし方式に、どんどん廻廊部分を外に増やしていける渦巻き型の設計だった。理論上、永遠に外側に拡張、延伸が可能になっていた。実際には、東京の土地の諸事情もあるので、無限に増やすことは出来ないが……。その中心のコア部分の入口が常設展の入口になっている。だから建物のほぼ中央部分に入場口がある(渦巻きの中心部だ)。そして、展示室である廻廊部分がある二階へはその入口から、つづら折りのスロープを登るようになっていた(下部写真参照)。
 展示室はほぼ三つに分かれ、十八世紀ごろまでの屋上採光窓を持つ円周部分の展示室と、その隣自動ドアを抜けて渡り廊下部分を抜けた十九世紀の部屋、そしてその横にあるモネの部屋を抜けた十九世紀の作品のあまりと近現代辺りに分けられている(ただし時々展示内容を変えることもあるので、必ずしもではない)。
 常設展示室内の作品撮影は自由。ただし、ストロボ、フラッシュはダメ。また数ある作品の中で六作だけは撮影禁止。覚えているのは、たしかモネ、ゴーギャン、あとフェルメールの作品ではないかと検証中の作品などが含まれていたはず。作品タイトルのところにカメラマークに赤い×マークがあるものが撮影禁止である。すぐ分かる。撮影した写真や画像は商業利用でなければネットなどにアップが許されている。したがって趣味の学習案内である本サイトでも使用が可能となる。
 ありがたいのは、印象派で言えば、ルノアールの技法の代名詞でもある「真珠色」を使った『帽子の女(下部写真参照)』は撮影OKだし、この技法の絵画をまぢかで見られるなどまたとない機会だ。この白のグラデーションによる筆づかいの応用で、紅とピンクで活かされているのが一つお隣に飾られている『ばら(下部写真参照)』の花弁の描き方である。点描から発展した、なでるような重ね塗りに至ったルノアールはグラデーションで質感を追求した。それが白と灰色を使うと「真珠色」技法となる。美しい魔法のような技法だ。シルクの質感を描かせたら右に出る者はいないといわれ、ルノアールを大家として世に知らしめた技法だ。
 世紀末美術や現代のコーナーにはキュビズムの形状感を味わえるブラックの『静物(下部写真参照)』もある。この部屋で美術に造詣が浅い人でも愉しめる大型サイズのピカソ『男と女(下部写真参照)』は人気だ。
 再度になるが、これらももちろん撮影OKで、同様に個人利用のブログでの使用も許されている。そこで不肖ワタクシの撮影で下に掲出しておくので、遠方の方はこの美術館の美しい所蔵品を楽しんでいただきたい。撮影は下手だが、絵画そのものは素晴らしい作品であるからぜひ味わってほしい。
 加えて続けよう。ポール・ランソンの『ジギタリス(下部写真参照)』が面白い。ナビ派に属している画家なのに、アールヌーヴォーに惹かれた作品を手掛けている。同じナビ派のボナールの『坐る娘と兎(下部写真参照)』は世紀末美術特有のけだるさが色づかいにまで表れているのが興味深い。どことなく竹久夢二っぽいのにも時代を感じる。そして有名どころのゴーギャンは『海辺に立つブルターニュの少女たち(下部写真参照)』なども見どころである。おなじみの黄色と褐色のべた塗りが活かされている部分もある。セザンヌの一連の風景画も味のある作品が並んでいる。
 先に述べたようにモネだけは一室設けられるほど充実した作品群が展示されている。とりわけ入場券のデザインにもされている『舟遊び(下部写真参照)』と彼の代表作『睡蓮(下部写真参照)』は外せない。他にも『しゃくやくの花園』、『ウォータールー橋、ロンドン(下部写真参照)』も印象派ならではの、やわらかなパステル調の明るい筆致が見られる秀逸な作品である。
 本来ならここまで説明していると彫刻分野のロダンも説明できるといいのだが、彫刻に関する知識はゼロなのだ。当方美大を出ているわけではないので、あくまで趣味の絵画鑑賞である。申し訳ない。こちらが説明してほしいくらいの話だ。
 ただ卑下してばかりでもなく、振り返ってみれば、最近は年に一、二度ほどの訪問になってしまっているが、四半世紀を超えて通い続けている国立西洋美術館の常設展示室について、素人知識とはいえ、そこそこ説明ができるほどの知識になっていることに本人が驚いている。やはり部分的には「習うより慣れろ」という慣用句も辞書の言葉通り「直接体験していくほうが身につく場合もある」ということなのだろう(むろん自分レベルの話だ)。これが、十代の終わりから二十代のころにヨーロッパの歴史や文学を学ぶ上で少なからず役に立ったのだろうと自分では感じている。とりわけ歴史では近代の社会の雰囲気や時代観のニュアンスをつかむのにとても役立った気がする。
 そんなわけで今回は学習施設として、なによりお気に入りの場所のひとつとして、国立西洋美術館についての「美術館訪問の遠足しおり」をお届けした。ぜひこの機会に訪問してみてはいかがだろう。世界遺産を都内で味わえるまたとない機会だ。


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国立西洋美術館入り口
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高天井の中央部つづら折りのスロープ
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モネ『舟遊び』
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モネ『睡蓮』
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モネ『ウォータールー橋、ロンドン』
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ゴーギャン『海辺にたつブルターニュの少女たち』
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ルノアール『帽子の女』
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ルノアール『ばら』
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ブラック『静物』
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ピカソ『男と女』
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ポール・ランソン『ジギタリス』
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ボナール『坐る娘と兎』
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ロダン『考える人』

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7 美術館めぐり(のこぼれ話)自然風景画の19世紀 Appreciate pictures in Art Museums(on a extra topic) [ミュージアム]

 コロー、テオドール・ルソー、コンスタブルという、それぞれ美術史上で新古典主義、写実主義、ロマン主義に振り分けられる画家がいた。ここの三者は今日の私の目から見るとほぼ同じグループに属するような作品を描いている。風景画だ。印象派の登場する以前の濃厚な画面が特徴的だ。正直、みな時代もほぼ同じで、おそらく使っている道具などもさほど違いが無かったのではないだろうか。そのせいなのか、トーンと色合いがほぼ一緒に見える。唯一違うとすれば、コンスタブルはイギリスの風景画なので、建物などを良く注意してみると違いが分かる。
『モルトフォンテーヌの想い出(1864)』、『アプルモンの樫、フォンテーヌブローの森(1852)』、『主教の庭から見たソールズベリ大聖堂(1823)』がそれぞれの代表作である。
 手短にコローを述べれば、ダヴィンチの『モナ-リザ(1503ー6年頃)』へのオマージュ(?)ともいえる『真珠の女』が有名であるが、風景画の腕も評価が高い。彼の風景画は「銀灰色」という独特の色を使うことでファンの間では評価されているようだ。そして新古典主義の画家らしく、風景の中にいる人物たちもぴたりと止まったようにポーズをとって描かれているのが面白い。また『モルトフォンテーヌの思い出』は皇帝ナポレオンのお気に入りとなり、彼自らが購入したことでも知られている。
 テオドール・ルソーは、ミレーなども属していた画家集団バルビゾン派のひとりである。当然、森の中の田舎の風景を得意としているし、政治的為政者とは無縁の生活を送っている。のんびりと自然の中で絵筆を動かした画家である。
 最後のコンスタブルは、ターナーと並び英国のロマン主義時代の代表格となる画家である。ターナーのような激しさがないところが、彼の持ち味だ。多くの本には「牧歌的」という代名詞をもらっている自然派の風景画家である。とりわけ本作品のほかにも、『干草車』が代表作にされることが多い。私の好きな一枚である。そして「お気に入りのロマン主義の画家一人を挙げよ」と言われたら、迷わずコンスタブルを挙げる。
 特に先にあげた『主教の庭から見たソールズベリ大聖堂』は、これから約半世紀強後に来るアールヌーヴォー様式のように、メインの対象である建物の周りをアーチ状に緑の木々が囲い込んでいる構図が気に入っている一枚だ。
 19世紀以前、風景画に関する美術アカデミーでの評価は、印象派の作品ほどではないが、低い扱いであった。そのため一つのジャンルとして確立したのは近代に入ってからといわれる。それ以前、宗教画の名を借りて制作される風景画まがいの絵もあれば、肖像画の背景にわざわざ風景らしきものをアクセントで入れるという手法を用いた画家も多い。いずれにしても風景画というジャンルは、完全にとは言えないが、この時代にようやく単独で見られるようになった。
 その理由は私の知る限りでは二つある(ほかにもきっとあるはずなのだが、まだそう言ったお話とは出逢っていない)。一つはクロード・ロランに見られるようなアルカディア様式のような理想郷を描いた絵画に帰するもの。もうひとつは空気遠近法の発明による技術的なところからの起因である。
 繰り返すとアルカディア様式はその名のごとく、理想郷を描いた絵である。その昔ギリシアのペロポンネソス半島に存在した、どこからも支配を受けずに牧歌的な生活を営んでいた地域がアルカディア地方だ。その理想郷を説明、描くには風景が必需的であった。ただし、今日で言う風景画とはちがい、多くの人物が描かれている。つまり現在の私たちがいうような風景と言うよりも、シーン、光景と呼ぶような世界だ。
 一方の空気遠近法の発明は、有名どころではダヴィンチの名画『モナ-リザ』にすでに使われている。つまりルネサンス時代と言うことだ。線遠近法と並び、風景を描く時の二大要素とされている空気遠近法について、両者を比較しながら簡単な説明を入れておく。
 消失点に向かって徐々に線が向かい、重なっていく描き方を線遠近法と呼ぶ。要は一般的な斜めに奥行きを描いていき、全てが終いには同じ消失点にいたるもので、一般に「遠近法」と言われているのはこちらを指す場合が多い。これが無いと中世以前の絵のように、距離感のない大きな人物や手前に描かれているのにこびとのような人物が描かれることになる。
 もうひとつの空気遠近法の主役は色である。大気の中で遠方を見たとき、遠くの山々ほど、霞んで水色や青に見えて、距離が遠いほど空の色になじんでいる。空気による視界の妨げを色で表現することにより距離感を出すというのが、その名の由来である。既述のようにダヴィンチの時代にはすでに使われ始めている。『モナーリザ』の肩下の背景には青みがかった遠景が描かれている。それが空気遠近法を使った風景だというのが、一般的なお話である。
 こういった二つの手法の登場に加えて、十九世紀の自然回帰の思想観が後押しして、風景画というジャンルは一気に広まっていく。そこにはアルピニズムやロマン主義の流れに牽引された自然風景画という、山岳や海洋の自然風景が描かれている。そして先の三人に代表されるような風景画の時代へと至るのである。日本の花鳥風月とは少々趣の異なる世界観であり、小さな冒険心や好奇心から欲した自然へのアプローチであると伝える書物が多い。それが徐々に身の回りの自然観へと変化して、フォンテーヌブロー派やコンスタブルのような牧歌的風景画を生むことになるのである。
 その後の風景画の爆発的な広まりはここで説明するまでもない。絵画といえば風景画を想像する人も多いというのが、今日の私たちである。欧州、十八世紀以前のような宗教画や神話を題材にするものが正当で、あとは価値がないと言う人も今はほとんどいないだろう。さらに印象派の時代に入ると、シスレーやシニャックといった町の風景を題材にするものも多くなる。こうして風景画は現代の私たちの生活の一部に寄り添ってきたのである。
 それにしてもコンスタブルの『干し草車』やアルピニズムの絵を見ると映画サウンド・オブ・ミュージック』でジュリー・アンドリュースが丘の上で、『ドレミの歌』を歌ってギターを弾くシーンを思い浮かべるのは私だけであろうか?

コンスタブル『干し草車』
http://www.salvastyle.com/menu_romantic/constable_wain.html


コロー『真珠の女』
http://www.salvastyle.com/menu_realism/corot_pearl.html
『モルトフォンテーヌの想い出』
http://www.salvastyle.com/menu_realism/corot_mortefontaine.html

ダ・ヴィンチ『モナ-リザ』
http://www.salvastyle.com/menu_renaissance/davinci_monalisa.html

テオドール・ルソーの作品
http://art.xtone.jp/artist/archives/theodore-rousseau.html

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6 美術館めぐり(のこぼれ話)ロートレックとミュシャ Appreciate pictures in Art Museums(on a extra topic) [ミュージアム]

 十九世紀のフランスでは近代の商業芸術ポスターの文化が開花した言われている。「ポスターの父」と異名を取るシェレやボナールによるシャンパンや飲食店のポスターは都市の華やかさを見事にあらわしている。しかしなんと言っても、ポスターを芸術域へと牽引したのは、ロートレックとミュシャではないかと私は考えている。
 都市文化の牽引役としてのロートレック。都市だからこそ自然回帰なのか、自然の素材をモチーフにしたアール・ヌーヴォー様式を取り入れたミュシャ。両者ともに看板女優を描いた作品、しかもそれが出世作である。同じ頃に、ステージ上の女優を描いた出世作を持つ両者の当時の時代背景といきさつ、そして作品を順に見ていくことにしよう(最初から本題に入った。めずらしい)。
 印象派の華々しい光分析の絵画は、行き着くところまで行き、画壇の潮流は心の内面をあからさまにする心理描写へと向かっていた時代だ。表現主義、象徴主義といった芸術思想の画家たちの作品がそれである。主題としては少々暗雲の立ちこめる世界観だ。憂鬱や堕落、苦悩を主題にしたムンク、クリムトなどの教訓めいた世界観は絵画の主題をルネサンス以前のものに求めたようにさえも思える。わかりやすく言えば「暗い」内容だ。
 ところが一方で、当時のパリの芸術家たち、すなわちナダール、ドーミエ、既述のシェレ、ボナールなどは石版を使った多色刷りのポスターで商業芸術の世界を作り上げていた。当時の画壇の方向とは全く違った世界がそこには存在している。これが対照的で面白いのだ。華やかなショー・ビジネスや科学と資本主義経済、技術面では日本の木版画の制作方法を分析するといった様々な理由に裏打ちされた明るい主題がそこにはあった。巷ではこの頃からフランスの人たちは日本の芸術を分析、愛好する傾向が出たと良く聞く。その流れが日本のアニメーション文化にいち早く飛びついた国民性と自らが関連づけをしているフランス人も多い(とジャパンフェスなどのニュースで紹介される事が多い。信憑性はわからない)。
 もちろん彼らはポスター制作者であるとともに画家でもあったので、当時の潮流である象徴主義的な作品にも触れているし、それに染まった作品も描いているはずだ。ところが時代のニーズとして生まれてきたポスター芸術は、今日、「近代ポスター芸術」というひとつのジャンルとして存在感を際立たせている。しかも彼らの功績を称えて、ほとんどの美術史の書物にもその名を残している。
 では冒頭で述べたロートレックとミュシャの二作品、『ムーラン・ルージュ』と『ジスモンダ』についての作品所感をしてみよう。
 ロートレックの『ムーラン・ルージュ』のポスターが生まれたのは偶然の産物のように述べられている本が多い。ロートレックは石版画を四百点、うちポスターを三十一点残したという。その始まりとなったのが、1891年というから日本では明治時代のことだ。かねてよりシェレが制作した前作から二年の月日が経っていることもあって、酒場の常連でもあったロートレックに支配人のジドレールは新作ポスターを依頼した。
 現在のこの作品の評価は技術面で幾つかの特徴が挙げられている。例えば、多色刷りとは言ってもつかえる色はそれほど多くない。そこで、手前に黒つぶれの箇所を故意につくり、人影を額縁の窓のように使って、中央でダンスする当時の看板女優であり踊り子のラ・グリュに目線がいくように際立たせる効果を出しているというのだ(この陰の部分が斜めに覆い被さっているのでしばしば対角線の構図ともいわれている)。ここから躍動感ある白抜きの女優が、主役として浮かび上がるさまを見事に表現していると言われる(この辺りはA・ヴェイユ『ポスターの歴史』などを参考にするとよく分かる)。
 その根底にある要因として、ロートレックがモンマルトルという異質な土地柄の雰囲気を持つ歓楽街を長年かっぽしていた経験に寄るところも大きいという。彼は酒場ムーラン・ルージュが出来る前はエリゼー・モンマルトル、ムーラン・ド・ラ・ギャレット、シャ・ノアールといった酒場の常連になってハシゴしていた経緯があるからだ。そこにはシェレという酒場のポスターを描かせたら超一流の先輩の作品が並んでいた。ステージを観察、鑑賞し、店の構造や踊り子の日常などを肌で感じた生活と一緒に、シェレなどのポスターを当然目にしていたと考えられる。彼のクリエーターとしての蓄えの中にはこれら全てが宿っていたと言えるはずだ。大人の社交場を熟知していたボヘミアン生活の芸術家がロートレックなのである。
 ではもう一方のミュシャである。チェコスロバキアからパリへとやってきた貧乏芸術家のミュシャは、ロートレックの幸運なポスター依頼の時と同様に、女優サラ・ベルナールのポスター制作依頼を本人から直接受ける。彼女がそれまでの劇場演目のポスターに満足していなかったためである。その時ミュシャが制作したものが『ジスモンダ』である。1894年のことで、ロートレックに遅れること三年で成功した。それ以後彼女の劇場用のポスターを六年にわたって引き受けることになり、一夜にしてミュシャの名はパリ中に響き渡った。
 ミュシャの作品の特徴もまた画面を囲い込むような手法である(『ジスモンダ』や『椿姫』のときはこの特徴は出ていないのだが)。彼の場合は、女性の髪と若葉、植物の蔓などで縁取りをするというアール・ヌーヴォー様式特有のやり方をポスターにも持ち込んだ。アール・ヌーヴォーはイラストの古典主義と称するひともいるように、曲線美、月桂冠、ハープ、古典古代のアイテム満載で美の基本が美しく踏襲された様式だ。ミュシャの先輩であるグラッセの『マルケのインク』を見ていただくとわかりやすい。
 前回のボッティチェリと並び私の考える美の基本形が、このミュシャをはじめとするアール・ヌーヴォーの画家たちの描く女性像にもある。このテイストは『ジスモンダ』にも見られ、細やかな線を基調とするイラストのような味わいが、ローマ・ビザンツ風の衣装を纏った女優にぴったりマッチした風貌で描かれている。
 劇の中身について、詳しくは知らないが、アテネの十五世紀あたりが舞台のようだ。「シュロの日曜日」というキリスト教のお祭りの折に、宣言する場面を描いているのだという。
 信憑性は疑われているが、貧困時代のミュシャが働いていた印刷所に、電話で版画の注文をしてきたサラの要望に応えるかたちで下絵を書き、それが彼女のお眼鏡に適ったというのがお決まりのストーリーらしい。その事実には眉唾ものと書いている本も多い。
 いずれにしてもその後の『椿姫』等を見ても、彼の作るサラ・ベルナールのイメージは、彼女本人のステージとはまた違ったポスターのデザインが持つ独特の世界観を放ち印象づけている。おかげで一夜にして彼は大作家の仲間入りをしたのである。
 また彼は石けんやお菓子のパッケージなどのイラストも描いており、パッケージ・デザインという近代の新しい商業の形をより時代性を通じて進歩させた。むき出しに近い状態で売っていた商品が、デザインという付加価値を纏って消費者の目に届く。そこで、同じ商品を生産している企業にとっては、特徴付けや付加価値を持って、ライバルを出し抜き、自社製品を世にアピールする競争の時代が始まったと言える。近代経済活動、特に広告や宣伝の手法の変化がここに見られる。
 この両者の活躍時期は既述の通りほぼ同時代である。華やかな都市文化を支えたポスター芸術はやはり芸術の都パリで開花し始めたといえる。多くの画家たちが、作品のモチーフや主題を内面に探し求める中、ポスター芸術は市井で刹那的に見えるかも知れないが、そんな暗い世相の中で、明るさや逃げ場を求めて集まった庶民たちの健全なよりどころだったのかも知れない。…と私は勝手にまとめてみたが、この言葉になんの根拠もない(笑)。
 それでロートレックであるが、日本では三菱地所ならぬ三菱1号館美術館を見にいこう! というキャッチでいかがだろう? わりとまとまって見られるようである。ただ残念ながらウェブでざっと目録を見た限りでは『ムーラン・ルージュ』の名前は見当たらなかった。その代わり、これと双璧をなす有名どころの『ディヴァン・ジャポネ』は鑑賞できるようである。一方のミュシャは、堺アルフォンス・ミュシャ館というのが、大阪にあるようだ。ここでわりと、まとまって見ることが出来るらしい。両者とも私は訪問したことはない。ただし、ポスター自体は特別展などで何度か目にしたことはある。絵画と違って、作成枚数が多いこともあるため、比較的当たりやすい。どの作品なのかは知らないが、東京都町田市にある版画の美術館や国立西洋美術館にも何点か所蔵品があるようだ。
 書きためていたふたつ、つまりボッティチェリの話とポスターの話を使い切った。したがってしばらくは更新できないと思う。まあ近代絵画という意味では、予告通りの内容を出せたことになる。時代としては後期印象派と同時代のロートレックやミュシャである。つぎはもうひとつロマン派の時代を出せると良いのだが、気まぐれな性分なので、その前に出来の良いネタが出てきたら先に出すかも知れないし、当分はなにも出せないかも知れない。あしからず。

ロートレックの諸作品
http://www.salvastyle.com/menu_symbolism/lautrec.html
ミュシャ『ジスモンダ』
http://www.salvastyle.com/menu_symbolism/mucha_gismonda.html
    『椿姫』
http://www.salvastyle.com/menu_symbolism/mucha_camelias.html

三菱1号館美術館 http://mimt.jp/
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5 美術館めぐり(のこぼれ話)ボッティチェリ Appreciate pictures in Art Museums(on a extra topic) [ミュージアム]

 サブブログとしてやっているこっちの美術館めぐりのブログ、奇っ怪な現象と思える動向が見えた。最近、メインの写真のブログより訪問者が遙かに多くなっているのが不思議なのだ。この手の内容のブログは少ないのだろうか? そんなことは無いと思うのだが…。述べている本人が言うのもなんなのだが、もっとまともな絵画鑑賞の手ほどきを示したサイトやブログは沢山あるはずなので、そちらを参考にしてから、軽い気持ちでこちらに来ていただきたい。このブログは半分遊び感覚であるから、その程度の扱いがちょうど良い。
 それでも良いという人々を中心に始めたい。では趣味として美術館散策をするのための、少し真面目な遊びの絵画の鑑賞法を一緒に見ていきたい(前置き長くなった)。
 ルネサンス時代は守備範囲ではない。ただボッティチェリの『ヴィーナス誕生』と『プリマヴェーラ』は大好きなので、ただそれだけの理由で今回は取り上げた。「わらわばわらえ」と内輪のひとには言っておこう。
 まずどちらもウフィッツィ美術館所蔵の絵画だ。あのメディチ家所有のコレクションフィレンツェに留めるためにと設立されたとも言われている著名な美術館である。かのルーブルやオルセー、テートギャラリー、メトロポリタンにも引けを取らない有名どころである。
 どちらの絵画も神話をもとに制作された由緒正しきルネサンス様式の絵画である。とりわけ私は『プリマヴェーラ』が好きである。この作品を見たことがない人は下部のリンクから一旦絵画を確認してもらいたい。さらに別窓で開くなどするとなお良い。お手元に本などをお持ちのかたは開きながら、この文章を読んで欲しい。構図の説明、解釈に入るからだ。
 この絵は物語として描かれている。バロックの辺りまではそういった隠し味やメタファなどがあり、現代の各国の偉い先生たちが論じてくれた解読法がある。そこではしっかりと読み方を教えてくれるので、できる限り覚えておきたい。
 一般的に多くの本にもこの解釈が無難であると言って載っているのが、これから私が説明するものだ。登場人物はキューピッドを除いて七人(七柱)である。ここで「おや?」と思ったかたは慌てないで欲しい。一人二役の神が潜んでいるからだ。
 この絵画は春の訪れを表現したものである。もっと言うと具現的に説明したものである。まず一番右にいる顔色大丈夫か、と言われそうな人物が描かれているが、ご安心あれ。これは春の若葉やみどりを象徴しているからこの色なのかも知れないが、ゼフィロスと言う西風の神さまである。この温かい風である神さまによって、冷気は吹き飛び、地中に埋もれていた妖精のクロ―リスが目を覚ます。ちょうどゼフィロスに抱きかかえられるように目覚めているのがクロ―リスだ。つまり植物の発芽などをイメージすると良い。
 目を覚まして西風ゼフィロスのお嫁さんになったクロ―リスは、妖精から女神へと昇格する。つまりこの二人に描かれている女神は同一人物の二柱なのである。そして名前を変えて、フローラとするのである。そう、おなじみの花と春の女神フローラである。息吹いて発芽したものが花を咲かせたというプロセスを表現していると考える。その証拠にこの絵の女神フローラはバラの花をあちらこちらに振りまいて、咲かせているのである。つまり春を届けている姿が描かれているのだ。お召し物も白地に花柄で、シンプルながら麗しい。花冠もステキだ。
 女神フローラの誕生によって春が訪れ、他の女神たちもやってくる。中央で一段格上に描かれている女神はヴィーナスである。そう愛と美、豊穣の女神だ。この女神の後方にはミルトスの葉が描かれていることからそれが解釈できるそうだ。この絵に描かれているヴィーナスはお召し物を纏っているところから通称「着衣のヴィーナス」と呼ばれている。
 さてその隣三柱の女神が描かれている。これは三美神、スリー・グレイシスという女神たちだ。こちらに関してはまだ諸説解釈があるようで、一般的な解釈では、美の女神、貞潔の女神、愛の女神と考えられている。他にもかがやき、喜び、満開をあらわすという見方もあるそうだ。魅力、美貌、想像力という人もいるようで、どれが的確かは分からないし、自分が気に入ったものを選ぶのがよろしいかと思う。
 一番左で、興味なさそうにミカン狩りをしているのはメルクリウス(マーキュリー)である。実はこの神は商売繁盛の神でもある。と言うことは、彼がメディチ家の象徴であるミカンを庇護している光景なのである。春の繁茂のようにメディチ家が繁栄することにあやかっているとも言われている。
 拙いながらも一応、部分的に怪しい知識は許していただき、全体としての物語はほぼ間違えてはいないと思う(思うだけだ)。とにかく、この生命の息吹や賑わいを語りかけてくるこの絵画は、私にとってのルネサンス時代の絵画の中で一番の代表格である。しかもここにあるフローラは美しい。理想像のような美がこのフローラにはあると個人的には思っている。
 ちなみにこの絵の中には約500種類の植物と約190種類の花が描かれているということだ。数えた人がいるのだ。ねぎらってあげたい。諸元としてはテンペラ画による制作で、1482年、205cm x 315cmである。
 またルネサンス期の人物の体型は、必ずしも両手、両足が均等に描かれていないものがある。これはダヴィンチやラファエロにも言えることらしいのだが、観る人の角度によって絵が不格好にならないために故意にそうしているというのが見解らしい。また遠近法の関係でそう描くこともあるそうだ。有名どころではダヴィンチの『受胎告知』のマリアさまの絵がそうである。別に寸法を測り間違えたという理由では無いようである。
 今回は私の気になる絵画と言うことで、印象派でもロマン派でもない、ボッティチェリの話にしてしまった。ルネサンス時代、私がもっとも楽しい気分になる絵画である(残念ながら私自身は現物を見たことはない)。春と言うことで時期的にもちょうど良いし、たまたまこの絵のことだけ知っていたゆえ、不肖な者であるが扱わせてもらった。他のこの時代の絵画のことはほとんど知らない。あくまで趣味の絵画鑑賞である。今回はこれにて失礼。


ボッティチェリ『プリマヴェーラ(春)』
http://www.wallpaperlink.com/bin/0702/03108.html

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4 美術館めぐりAppreciate pictures in Art Museums-現代アートへの入口 [ミュージアム]

 前回に引き続き印象派の後半を見ていく。先に述べておくと、後に出てくる後期印象派の時代に関しては少々入り組んでいる。したがってこれまでに示してきたような時代区分の体をなしていない。これから先の時代は一般的な通史年表と同様に、「近代後期」、あるいはひとくくりに「世紀末美術」として区分をまとめている書物が多い。一言で言えば、同じ時代にいくつもの芸術思想が並列して存在し、個々の画家たちがそれらをいくつも兼務しているのだ。おおよそではあるが、ほぼ守られてきた一時代、一ないし二様式のルールは崩れる。よって、この後期印象派と同じ時代の時間軸上にある芸術思想は、藪の中の木々のように複雑に絡み合っている。この絡み合っている状況を先に俯瞰しておかないと、後の説明で理解していただくのが厄介になる。そこでこの導入部において名称と特徴だけはシンプルに挙げていき、あとで詳細な部分は実例とともに照らし合わせていただくのがよろしいと考えている(もちろん『美術館見学のための遠足のしおり』として手に負える範囲でのことだ)。
「印象主義」のあとは、「後期印象主義」と呼ばれるものが、連続的に生じていて、その延長線上に位置しているのがスーラ、ゴーギャン、ゴッホなどが代表格となる。それと微妙な僅かな時間差で「写実主義」や「印象主義」の常識を破るべく、「象徴主義」、「世紀末美術(かつて表現主義と言われたものも含む)」、「総合主義(象徴主義との融合もみられる)」、「アール・ヌーボー(新芸術、またはドイツでは「ユーゲント・シュテール」といい、和名「青春様式」と呼ばれる)」、そして最後のグループ的な様式とも言われる「ナビ派」などの新しい美術思想が次々と泉のごとくわき起こり、生まれる時代が来る。まさに百花繚乱、咲き乱れるがごとく開花した美術世界の象徴的な時代だ。これらの様式に当てはまる画家たちは、後期印象派の画家でもある既述のゴーギャン、ゴッホも重複して含まれる。またクリムト、ムンク、ミュシャ、ルドン、モローなどの近代と現代の架け橋となるような画家たちも挙げられる。いずれも写実派や印象派のような見たままを描くのではなく、夢や精神世界、オカルティズム、自己矛盾、幻想世界などの心の中を映し出す絵画が多く作られている。古典文学や神話、フロイトなどにより心理学という最新の学問が生まれたためと説明を入れる本もある。また見たままを写すというのであれば、そろそろ安価になってきた写真の方が肉筆絵画よりも優秀だったということも希に書かれている。そして時代的には現代アート、マチスやピカソも画家としてそろそろ産声をあげようとしている時代だ(ちなみにマチスも若い時代には「印象主義」風の点描作品を残している)。
 ここで淡々と人物の羅列を行っておくのは先決。一言で言えば整理するのが難しいからだ。例えば文学のボードレールは「写実主義」の限界を感じて「象徴主義」に、同様に音楽のドビュッシーも思想変更というのであればこれに含まれる(本人たちがどう考えていたのかは私は知らないし分からない。各自でお調べ下さい)。要は前回、別の芸術思想で紹介しているが、今回の芸術思想にも一人の芸術家が手を変え品を変えてと言った風に、重複して当てはまるからだ。セオリー的に言えば、どの芸術思想の時代にメジャーになったのかというところで随分と見方が変わってしまう。だからひとり一様式というルールではないし、そのカテゴリーを横断して幾重にも様式を描き分けている者も多いと言うことだ。つまり例外だらけの分類のため、どれが正しいということはじっくり研究した人でないと見分け、判断、そして断言できないというのが本当のところだ。だから私がここであるカテゴリーと分類していても、そうではない分類の仕方が数多く存在していることも頭の片隅に置いていて欲しい。学校の問題集のように答えが一つと言うことはありえないので、ここでは人間社会と同様に例外だらけであるということを念頭に置いて欲しい。模範解答が角度を変えると模範でなくなることだらけである。申し訳なさも含めてざっくばらんに言ってしまえば、薄っぺらな私の知識では把握が難しいと言うことだ(礼)。

 そんなわけで今回はルノアールから順に、人物ごとに箇条書き形式に近い形態で、このしおりの文章を綴っていくことにしよう。
 ルノアールも、もともとはモネと二人で風景を主なモチーフにもしていたのはよく知られている(逆にモネも『日傘の女』など有名な人物ものもあります)。しかしマネ同様、彼の代表作はほとんどが人物像や人物のいる風景である。前回ご紹介した『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』もそうだし、晩年の裸婦像に著名なものが多い。モネが晩年『睡蓮』に力を注いだように、ルノアールは裸婦像に力を注いだ。また肖像画の類で賞賛された名作として『イレーヌ・カーン・ダンベール嬢』は、フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』と並ぶ少女肖像の名作と言われる。
 それでは、この時代のモネとルノアール以外の印象派の著名な画家たちを、触れる程度で挙げていきたい。まずはバレリーナの画家と言われるドガ、印象派の金銭的理解者であり屋台骨であったカイユボット、町の中の季節感や自然風景を得意とするシスレー(マチスは後に「セザンヌは画家であり、シスレーは自然を描いた」と残しているくらい風景にいそしんだ画家である)、印象派の紅一点と呼ばれる柔らかい素材を得意としたモリゾ、リンゴや静物を描いたら超一流のセザンヌ(実力を発揮したのが遅いため後期印象派に振り分ける場合もあります)、アメリカから来て印象派の画家たちと心地よい絆で結ばれた、白の世界観とジャポニズムの嗜好家ホイスラーあたりを挙げておけばメジャーどころは良いだろう。「見学のしおり」である本文はこれ以上細部に踏み込みたくないのである(笑)。
 もしもうひとつ付け加えるというのであれば、純粋な印象派の画家ではないが、印象派の画家と交流があり、一世を風靡したマスコミや広告業界で活躍した二人を挙げたい。彼らと同時代に活躍したことで知られている、リトグラフ、版画、挿絵等の世界の人たちだ。写実派に分類されることの多い、風刺画(カリカチュア)で有名なドーミエと、「象徴主義」や「世紀末美術」に分類されることの多い(モチーフ全体、作品全容を俯瞰したときにそうかな? と思ってしまうこともある私)、ポスター芸術で有名なロートレックである。おそらく彼らの作り上げた作品は一度は何処かでご覧になっているはずである。特徴ある筆致なのですぐに分かる。
 では次の世代である「後期印象主義」について述べていく。名称通り「印象主義」の後半を彩る画家たちである。とりわけここでは「点描主義」というドットに注意した描写方法やビビッドな色彩で明るい画面を受け継いだ者が後期印象派の画家たちということになる。既述のスーラ、ゴーギャン、ゴッホである。
 特に「点描主義」はスーラとシニャックの作品が有名である。両者ともパステルカラーのような明るい画面の仕上がりがステキだ。ゴーギャンやゴッホは純粋な意味で、あるいは全面的に印象派の特徴を継承している画家とは言いがたい部分もある。そういった意味ではスーラたちの方が印象派の面影を多く残している。彼らの絵の特徴は画面を明るくするという印象派特有の性質を極めたもので、「点描主義」が話題になる事が多いが、加えて絵の具の黒を使わない画家であったことも特徴である。スーラの代表作はなんといっても『グランドジャット島の日曜の午後』であろう。河川の中州が行楽場所だったパリの風景だ。猿をペットにすることが水商売の女性の間で流行った時代の作品ということだ。シニャックの作品は国内でも見られる。宮崎県立美術館の『サン・トロペの松林』、国立西洋美術館の『サン=トロぺの港』である。
 順序的には次にゴーギャンに行きたいのだが、ここはゴッホを先の紹介としよう。作品としては『夜のカフェテラス』や『星月夜』、『オーヴェル教会』を挙げておく。後は説明のいらない斬新な色彩で描かれた代表作『ひまわり』だろう。青と黄色、橙と黄みどりを補色やそれに近い色使いとしてとらえているメリハリのきいた色彩感覚がこの画家のテイストである。もちろん赤と緑の補色で描かれている作品も多い。こういった青と黄色の補色で夜空と街灯、月や星などを描いている後期印象派の画家は他にもいる。そういった意味で、既述のように私にとっての後期印象派のイメージとして、月と星を挙げたのである。意外に知られていないのが、ミレーのような『落ち穂拾い』や『種まき』などもゴッホは描いている。ミレーを尊敬していたためである。写実派の偉業はここにいきてくることになる。
 ともに絵画の研鑽を積んだゴッホとゴーギャンなのだが、印象派の技術習得を終えて、ゴッホとの決別をしたゴーギャンは南の島の楽園をテーマにすることが多くなり、土色に近い黄色をメインに、赤で腰布や木の実を描き、色彩を対比させることに成功している。またゴーギャンは多才で絵画だけに留まらず造形分野の作品を残している。これはドガにも言えることである。彼の代表作は『我々はどこから来たのか、我々は何者なのか、我々はどこへ行くのか』が挙げられる。またエジプトの古代画のような人の描き方をした『市場』やそうかと思えば写実的に描きながらも色彩鮮やかな『マリア礼賛』もファンの多い名作である。
 ゴーギャンやゴッホは結局、印象派の基本的な色彩や明るい画面は残しながらも、精神世界に通じる部分に重きを置き始める。それが象徴主義の時代の到来を意味するものと重なる。見えないものは描かなかった写実派、太陽の光にあたるものを描いた印象派の流れは、ある意味ではここで消失することになる。そして思想、思考、信仰といった精神世界が少しだけ彼らのテーマに登場し始める。その頃にはもう神秘やオカルトと結びついた「象徴主義」や「世紀末美術」と区分される現代アートの世界観が生まれていた。

 駆け足で振り返った近代の絵画(とくに今回は全速力になってしまった)、これで美術館への遠足へと皆さんが出かけるときには「しおり」として見ていただける四回分が完成したことになる。近代という時代をどこで区切るか、どうまとめるか、という冒頭のお話に戻ると、文化という対象を歴史や美術という素材で取り上げた場合、とりわけ後半がいつも説明できなくなるのが私の思いだ(おそらく多くの人もおもっているのではないだろうか)。なにせ絵画の内容や鑑賞を考えれば、時代性と照らし合わせるのが難しい場合もあるし、杓子定規通りに時代区分として収めることが出来ないからである。そこで、書き方を変えて、鑑賞を前面に出した「美術館見学のしおり」としてなら皆さんに愉しんでもらえると思ったことが大きいのである。一般的に書く、鑑賞者のための、少し美術史のテイストを含んだ芸術礼賛の随筆や日記の類として、このブログを位置づけていただけるとこちらとしても肩の荷が下りるというものだ。
 いずれ時期を変えて、ロマン派や印象派についての画家の面々はピックアップしてみたいと考えている。その時まで「幸運を!」という言葉でお別れしよう。

おまけ
 参考にした図書
島田監修『印象派美術館』・リヴォルド(三浦・坂上訳)『印象派の歴史』・荒屋鋪『グレー=シュル=ロワンに架かる橋』・アーノルド(鈴木訳)『美術史』・『新潮世界美術辞典』・『広辞苑』・そのほか美術館のパンフレットや図録を参考にしています。図書の読み込みが足りないのは浅学なこちらサイドの問題です。「しおり」としてのレベルなので笑顔でご容赦下さい。

ルノアール 『イレーヌ・カーン・ダンベール嬢の肖像』
http://www.salvastyle.com/menu_impressionism/renoir_irene.html

ロートレック作品
http://www.salvastyle.com/menu_symbolism/lautrec.html

スーラ『グランドジャット島の日曜の午後』
http://www.wallpaperlink.com/bin/0706/03566.html

ゴッホ『月星夜』
http://www.wallpaperlink.com/bin/0703/03200.html

『夜のカフェテラス』
http://www.salvastyle.com/menu_impressionism/gogh_cafe.html

『オーヴェル教会』
http://www.salvastyle.com/menu_impressionism/gogh_eglise.html

ゴーギャン『我々はどこから来たのか、我々は何者なのか、我々はどこへ行くのか』
http://www.salvastyle.com/menu_impressionism/gauguin_nous.html

国立西洋美術館の常設展の案内
http://www.nmwa.go.jp/jp/collection/introduction.html

横浜美術館の近現代のコレクション案内
http://yokohama.art.museum/collection/index.html
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3 美術館めぐりAppreciate pictures in Art Museums-思想と技術の発達 [ミュージアム]

 印象派というのは日本において一番ファン層の厚い西洋の画家たちと紹介している本も多い。その真偽はともかくとして、特別展のチラシや広告に「印象主義」、モネ、ルノアールなどの名前を入れておくと鑑賞客の関心度が増すというのはおおよそ本当らしい。幾つかのギャラリートーク等で複数の学芸員さんたちも、随分前のことだがそうおっしゃっていた。ダヴィンチ、ルネサンス、フェルメール、印象派は鑑賞者の芸術意欲をくすぐる言葉なのだそうだ。「なるほどキャッチコピーにも多用されるはずだ」とみょうに合点がいった記憶がある。
 そんな人気の印象派の筆者の抱く個人的なイメージは「太陽」、後期印象派のイメージは「月と星」である。なにもモネの作品『印象-日の出』からとったイメージではなく、戸外画家として陽光を大切にした画家集団という意味からきている。そしてその陽光を分析して、絵の具に表現する方法を確立したと言う意味まで含んでのことである。
 例としてはオレンジ色の夕日を長時間見た後で暗闇を見ると同じ形色で見える陽性残像、オレンジの補色であるみどりが反転して残る補色的残像などに通じる見え方や太陽の傾斜角度で紫外線、赤外線など、時間帯による光線の違いを素直に読み取り、描いていた作品である。そんな可視光をじっくりと観察して、「見えるままに」再現するのが彼らのいう分析であった。その結果腐った肉などと悪口を言う者までいたことも事実だ。今となってみれば、「光を読み取る」という分析が分からない輩の戯言となった。写真のネガポジの関係も見え方という意味ではこれに近い。また後述するが印象派は画面自体を明るくする作業に重きをいていることが一番の特徴である。
 戸外派というだけであれば「写実主義」の画家たちもそうである。チューブ絵の具の発明や携帯用の道具の開発が相次いで画家を屋外へと誘った時代だ。さらに光を分析し続けたことで「印象主義」へと、もっとつきつめて頂点に登った点描作風の「後期印象主義」へと続くのである。
 その陽光を追求する姿勢のもともとのおこりは「グレー=シュル・ロワン」などのような芸術家コロニーの発達にも結びつく。日本で言う「文士村」や「芸術家村」と言われているものである。この当時、作家と画家は互いに刺激し合っていたことも多いため同じ場所で研鑽していることが多かった。
 武者小路実篤の九州の村や馬込文士村、田端文士村、そして鎌倉文士村などがそれである。ヨーロッパではパリ郊外(バルビゾン村が代表格)や既述のグレー村、イギリスの湖水地方などが芸術家コロニーと呼ばれ、自然と著名な文士や画家が集まっていたようである。
 そして鑑賞する側にとってもこの時代は重要点であり、パリの美術館で振り分けるなら、このあたりの画家たちと時代を境に、ルーブル美術館の所蔵守備範囲とオルセー美術館の所蔵守備範囲に分かれる分岐点となる。
 そのあたりは特別展などを行う日本国内の美術館でも一番重要視してくれて、パリのルーブルとオルセーの展示状況なども話題に含めて、楽しいエピソードとしての展示の仕方を試みてくれることも多い。そんな楽しみの多い時代の絵画、今回はそのあたりを中心に進めよう。太陽って絵画にも大切だったという再確認にもなる話だ。

 まず「写実主義」から参ろう。代表格は『オルナン埋葬』で有名なクールベである。ただし日本では少し馴染みが薄い画家だ。絵画に親しみのある人でないと知らない人も多い(なにをかくそう私も二十歳近くまで知らなかった)。政治に没頭したあまり、常に追われる人生となった画家だが、彼の大きな功績は名も無き村人を大画面で描いたことと常に言われている。オルナンの田舎の村人の葬儀風景を学校の黒板サイズ以上もあるような画面で描いたことが後の時代に評価された。
 当時は政治家や為政者などを称えるための大型サイズの絵を描くことは多かったが、無名の村人をそのサイズで描くことが彼の主張だったようだ。例えばダヴィッドの皇帝ナポレオンの絵がそういった大画面サイズの良い例である。要は為政者を大物に見せる威厳のための大画面と言うことらしい。また一方で偏屈な一面もあり、「天使など見たことないので描かない」という、まあありのままの写実派をアピールする名言も残している。詩人ボードレールなどが飲み仲間だったようである。
 同じ頃、対照的な清貧、敬虔な生活の中で、見たままを描くという作業をモットーに、バルビゾンで腕を磨いていたのがミレーである。有名な『落ち穂拾い』の作者だ。敬虔に一日を過ごす農民たちを題材に写実的に描いた画家である。ついでなのでこの絵の一般的な解釈を歴史的な部分も含めてセオリー通り入れておく。
 この時代地主階級のために麦を生産した小作人たちは、出荷が終わって、荷車などから麦畑、地面にこぼれて落ちている麦の穂を拾うことが多かった。こぼれ落ちた麦の穂は自分のものとして持ち帰って良いという地主からの許可があったため捨てることなく拾い集めて食料にしたというのがこの絵画の描いている物語である。この当時の庶民の暮らしがどのようなものかが、この絵画から垣間見えるというわけだ。
 もうひとつ紹介しておくと、大手出版社岩波書店のマークにもなっている『種をまく人』も彼の代表作の一つだ。こちらは日本、山梨県立美術館も所蔵しているので公開されているときは国内で見ることが出来る。
 ちなみに必ずしもと言うわけではないのだが、ミレーと書くと『落ち穂拾い』のこの時代の画家で、ミレイと書くと『オフェリア』で有名なイギリスの「世紀末美術」時代の画家とするのが一般的なようである。展示ルームでいきなり出くわすとマネとモネ以上に混同しそうなので一応説明を加えておく。
「写実主義」は勿論リアルに描写するところから命名された言葉だが、今となっては人々の生活や姿を誇張することなく、ありのまま描くという意味も含めての「リアリズム(写実主義)」なのだそうだ。
 事実をねじ曲げたり、誇張した為政者の姿を多く描いたダヴィッドなどには「ちと耳の痛い話?」である。そして「実証主義」を掲げる真面目な歴史を大切にしている人々からしても「勘弁してくれ」という台詞といっしょにため息が出そうな話である(笑)。

 たとえ話に出したマネ、『草上の昼食』で有名な画家であり、印象派の画家たちの良き相談役として知られた画家である。マネは自らを「印象主義」ではないと言っているため、「印象主義」の画家には入れない。さりとて「写実主義」のような庶民の貧困や実生活、ささやかな喜びなどを描いた社会派とも言えない。特に政治との関わりもなく、関心もあまりなさそうだ。多くの美術史の本は中間の画家として、マネだけを単独で扱うことが多い。わたしもどこに入れれば良いのか分からない。アカデミーの批判を受けたと言う意味では印象派たちの盟友である。ここでは文字数の関係で書かないが『草上の昼食』はとてもお下品と批判されたそうだ。やっていることはフラゴナールと大して変わらないのだが、表現がダイレクトすぎたと言うことだ。当時としては「いきすぎ」なものだった。いつの時代にも天才肌のこまったちゃんはいるものである。評価は後世の人が決めれば良いということだ。
 彼の作品の中でお行儀の良い代表作とお墨付きをもらっているのは『笛を吹く少年』である。先日ふと音楽のテレビ番組を見ていたらこの絵のことをやっていた。NHK教育の『ららら・クラッシック』の2015年十月放送分である。描かれている少年はフランス帝国近衛軍のユニフォームを着用して、絵から見えるかぎり指はG(ソ)の音を出しているそうだ。この楽器はフルートやピッコロの仲間でファイフと言う楽器らしい。こういう絵画の考察の仕方もたまにはいいものだと感心している。
 いずれにせよ、近代都市の持つ快活さや、華やかさを印象派に受け渡したのは彼であり、それはルノアールの『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』などで理解することが出来る。

 印象派の盟主といえばモネとルノアールである。このふたりは近代絵画史上の大天才。光の分析をして、分解してしまうのだから、絵画を科学しているということだ。ただし当時はバカ扱いを受けてほとんど絵は売れなかったという。それどころか場所さえも貸してもらえず発表の場さえないという扱いの画家だった。それを不憫に思ったのか、気があった仲間だったのか、詳しい経緯は分からないが、この時代のエポックメーカーである写真師ナダールが展覧会会場を貸してくれるという幸運に出くわす。写真館のギャラリーで行われたグループ展というスタートだった。
 同時代ごろから、習作を作らずに写真を習作代わりに使うといった新しい作画方法も加わり近代絵画は大いなる前進を始めた。習作とは大きな作品を作る前に小さなサイズの作品で構図や絵の具の色合いを確かめる小品のことである。
 一方で絵画のムーブメントである「印象主義」は垣根を跳び越えてドビュッシーという偉大な音楽家によって音楽の領域でも開花する。冒頭で太陽がキーワードと申したもので、印象派の音楽では、ハープという楽器に陽光の役割を当てた事による「音楽の印象派」の特徴を完成させたと述べる人もいる。楽器の音色を絵の具の色に当てた仮想の元で、ハープが太陽の光というルールになったようだ。これ以上の音楽の領域についての蘊蓄は私は分からないので、クラッシック音楽史の書物を当たっていただきたい。ただ、これにより印象派は太陽光を象徴する芸術運動へと一気に飛躍していくのである。
 日本では一般に黒田清輝がフランス外光派、「写実主義」の影響を受け、岸田劉生などが後期印象派、「象徴主義」の影響を受けた画家とされている。それぞれ作画時期にもよるが、おおよそセオリー通りの特徴を窺うことができる作品がそれぞれ存在している。

 モネは『印象-日の出』、『睡蓮』などが代表作とされている。このうち『睡蓮』は東京、上野の国立西洋美術館で鑑賞することが出来る。印象派の名称は、彼の描いたこの『印象-日の出』に由来している。当時は「印象」と言う言葉の意味するものが、習作や下絵を意味していたため、不出来な未完成作品の絵画展という野次が市井の噂として駆け回った。つまり悪評から名付けられた様式名なのである。
 また悪評は他にもあり、彼らの絵の仕上げ方にもあった。印象派以前の画家の完成品は絵の表面はなめらかな平面である。油彩のべた塗りを繰り返していた印象派の画家たちの絵の表面は当然凸凹な状態、まるで仕上げ前の絵のようだったという(いまではこんなの当たり前です)。例えると、ホットケーキの表面とかき揚げ天ぷらの表面ぐらい凹凸感が違っていた。もし見る機会がある方はアングルやダヴィッドの絵画とモネやルノアールの絵画の表面を見くらべてみて欲しい。一目瞭然だ。
 この凹凸感は印象派の画家たちの創り出した技法に帰依する。そして理屈を聞くとすぐに合点がいく。絵の具を液体のままで混ぜてしまうと、どんどん黒に近づいていき汚くなる。このことは子どもでも知っている。そのため鮮やかさを失わない方法として絵画を遠目で見たときに錯覚で視覚的に混ざって見えるように隣り合わせの配置をしたのである。簡単な例としては(あくまで例に過ぎません。実際の絵画はもっと複雑です)、みどりを出したいときには黄色のすぐ横ぎりぎりに青色を塗る。すると遠目では二色が混合するのでみどりに見えるという具合だ。絵画を十センチの至近距離で鑑賞する人はあまりいないので、成り立つ理屈である。こうして下地色の上から点々で他の混合色を少量のさじ加減で足していくので凹凸が出来る。これを仮にかつての新古典派の画家たちのように、表面上、平に仕上げようとすると、結局色が混じって暗く汚くなるので、印象派の鮮やかな色彩が表現されないということだ。これをさらに発展させたものが「後期印象主義」の別名でもある「点描主義」である。これはまた次回にしないと終わらなくなる。そういえば、テレビのブラウン管も拡大すると点々で構成されていたという理屈を多くの本が例にしている(ただこのご時世、最近ではブラウン管を見つけるのも一苦労かも知れないが…)。

 さて全三回を予定していたこの主題なのだが、どうやら「写実主義」と「印象主義」はあと一回無いと終わりそうにないことが判明した。情報量が膨大である。文字数がほぼ規定量に達してしまった。次回に引き継ぎということになる。うすうすそうなるかも知れないと思っていたが、やはり全四回になりそうだ。こんな陳腐なブログでさえも印象派を説明するのは膨大な量である。印象派が奥深く、未だ美術館で大人気の理由なのも解る気がする。今回はモネと印象派の作品鑑賞の理屈だけで終わってしまった。次回はなんとか絵画自体の鑑賞から見えることなどを扱い、ルノアール、そしてうまくいけば後期印象派のスーラ、ゴッホ、ゴーギャンを扱って幕引きと行きたい。やはりあくまで予定なのだが。

クールベ 諸作品
http://www.art-library.com/courbet/

モネ『印象-日の出』
http://www.salvastyle.com/menu_impressionism/monet_impression.html
『睡蓮』
http://www.salvastyle.com/menu_impressionism/monet_nympheasa.html

ミレー『落ち穂拾い』
http://www.wallpaperlink.com/bin/0805/04630.html
『種をまく人』
http://www.art-library.com/millet/sower.html

マネ『草上の昼食』
http://www.salvastyle.com/menu_impressionism/manet_herbe.html
『笛を吹く少年』
http://www.salvastyle.com/menu_impressionism/manet_fifre.html

ルノアール『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』
http://www.wallpaperlink.com/bin/0702/03138.html
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2 美術館めぐりAppreciate pictures in Art Museums-近代の幕開け [ミュージアム]

 お約束通り今回は「ロココ様式」、「新古典主義」、「ロマン主義」の様式を順に見ていくことにしたい。ここで一つの特徴の変化にお気づきの人もいよう。語尾が「様式」から「主義」へと変化していることだ。一般には形式的特徴を示す「様式」から流派や創作意図を示す「主義」への変化と見る事もあるし、近代とそれ以前を分けるための「手がかり」にすることを書いている本もある。いずれにせよ、「主義」へと変化したそこにはモチーフや主題に対する作家、画家の作品の中へのある種の思想観が注入されていることは間違いない。このあたりの作品の中に流れる意識の変化は鑑賞者が各々で鑑みていただくのも美術館めぐりの醍醐味と考えている。こういったものは何でもセオリー通りでなくても、おおよその筋道が立っている解釈なら受け入れるという姿勢も大切である。

 では「ロココ様式」から行くのだが、これ割とローカルな様式でほとんどフランスでしか開花していない上に、上流階級のお遊び的な様式として見られている。微妙だ。「金持ちロココ」と悪態ともいえるジョークを言う人をたまに見る。シノワズリー(中国趣味)、陶磁器人形文化、または貝と石なども特徴に挙げるし、それらを意味する「ロカイユ」が語源とも言われている。しかもかわいそうだが音楽では「後期バロック様式」と言う区分に当てられる場合もあるそうで、バロックに飲み込まれ、名称さえ伏せられている悲運さ。文学に至ってはその存在は皆無に近い。
 画家としてはワトーやブーシェ、フラゴナールなどが有名であるが、いまいちフェルメールやレンブラント、ダヴィッド、アングル、ドラクロア、ターナーなどに比べれば一般における知名度は低い。美術作品の特徴はお花柄とピンク色で美しく華麗なイメージがあるのだが(これ私だけかな?)、どうも軽薄というレッテルを貼られることも多いようだ。フラゴナールの絵では大人が遊ぶブランコなどの玩具も登場し、あからさまにお気楽さを演出してしまっている。
 しかし実際には贅沢という点を除けば、王権の持つ偉大さを自由な装飾の中で見いだしており、おとぎ話のような王様やお后、王子、お姫様などを演出するのに役立つデザインや文様などを生み出している。そういった意味では現在の私たちが華やかな王宮のイメージを掴むためのアイテムとしては必須の様式といえる。映画や舞台の設定上、王侯貴族の華やかさの象徴として用いることが多い重要な、あるいはマストアイテムというわけだ。そしてやがて来る大まじめな「新古典主義」や「ロマン主義」といった大きな流れの前でなんの抵抗も出来ず散っていく、最後の優雅な様式というのが私の持つ「ロココ様式」への勝手なイメージである。あとは皆さんが実際にこれらの画家たちの作品を見て自分なりの解釈を加えていただければ良いと思う。その意見をもし私自身が聞く機会があれば、「ああそうなんですね」と否定も肯定もしない、あやふやな返事をして煙に巻くことだろう。それは私がロココ文化に対して、特に歴史的な見地において、興味や関心が無いからである(笑)。

 次の「新古典主義」と「ロマン主義」はほぼ同時にやってくる対峙する芸術思想(この時代からは「様式」とするよりも「芸術思想」とした方がしっくりくるのも確かだ)である。ただ若干「新古典主義」の方が早いので、美術史の書物や展示室などでは、前者を前に持ってくることが多い。「新古典主義」はその名の通り、古典古代、すなわちギリシャ、ローマ美術のリバイバル様式である。ただし今回のリバイバルはルネサンス期や旧古典派とは異なり、きわめて政治色の強いモチーフが多いことが挙げられる。角度を変えて見れば、「ロココ様式」も王侯貴族に媚びへつらった形の政治色を持っているのだがそこにイデオロギーはない。ところがこの「新古典主義」はナポレオン一世から第二帝政期あたりの歴史時代と運命をともにしており、当時を知るための報道資料のような役割も兼ねた時代の絵画という点で、他の様式とは著しく違っている。その筆頭とされているのがダヴィッドだ。『ナポレオン一世の戴冠式』などの代表作で知られる皇帝のお抱え画家として君臨する。また「新古典主義」の創始者、牽引役としても旗頭を務めた画家である。同じくダヴィッドに学んだアングルもまたその牽引役を務めた。彼はさらに中東風、オダリスクの女性像を代表作にされることも多く、師のダヴィッドよりも柔らかな印象を持つ「新古典主義」の画家である。

 対する「ロマン主義」は文学、音楽ともに大開花した文化的な潮流で「新古典主義」が美術だけでの大開花であったのとは異なり、これは文化史全体を覆うルネサンス以来の大きな潮流と言われている。文学はルソーから始まり湖水の詩人ワーズワース、バイロン、大文学家のゲーテなどが挙げられる。皆、国境を越えた著名な文学家だ。この頃になると日本の文豪も「ロマン主義」を「浪漫主義」という訳語で紹介し、欧米文化の根付いた明治中期から後期には普通にこの潮流にのった作品が発表され、森鴎外、島崎藤村、与謝野晶子らの名前が連なっている。
 音楽では浅学ゆえ詳しくは述べられないが、ショパンやリストなどが挙げられるようだ。よく「古典派」と言われるベートーベンやモーツアルト、彼らは美術界の「新古典主義」と同様の美術思想を指すものではなく、「ウイーン古典派」を指していると百科事典の類にはある。大ざっぱにみると時期的はルネサンス直後の(旧?)古典主義(一七〇〇年代後半)とおおよそ同じ頃なので混合してしまうのだが、門外漢の私には両者の中にどの程度共通点があるのかは不明である。
 本題に戻ると、美術においてはジェリコーとドラクロア、ターナーなどが著名な画家としてあげられることが多い。「新古典主義」との対比においては、「新古典主義」が静、「ロマン主義」が動の体をなすとたとえられる。写真作品でたとえて言うなら、画面が脚固定の定点撮影とフリーハンドの流し撮りほどの隔たりと言える(これは個人的感想である)。 そんな私的感想の根拠となっているのがターナーの筆遣いやジェリコーの劇画タッチのシリアス漫画に似た迫力感である(年代的に見れば、劇画がジェリコーに似ていると言った方が良いかもしれない)。前者は『雨、蒸気、速力-グレートウエスタン鉄道』、後者は『メデューズ号の筏』を例えとしてあげておこう。この二作品を見ていただければ、私の言っている「ロマン主義」の躍動感に関する具体的な説明がおわかりいただけるだろう。
 残ったドラクロアであるが、彼の名前よりも有名な作品がある。テレビ雑誌、広告やコマーシャルフィルムなどで繰り返し紹介されたり、もじったりされている有名な作品である。『民衆を率いる自由の女神』である。ちょっと前にはテレビCMで、実写化していたし、雑誌のルーブル・オルセー美術館特集が組まれるとなぜかこの絵画が表紙を飾ることが多い。トリコロールの旗を掲げた美女が勇猛果敢に先頭に立って走り行く躍動感は、内乱の戦場という無残な舞台設定にもかかわらず、ポジティブな勝利を鼓舞するイメージを与えているようにも見えるのは私だけであろうか。
 要は「ロマン主義」は統制よりも個性を重んじ、中央集権よりも地方色を重んずるゆえ小国が分立するヨーロッパで受け入れやすかったのであるというのがもっぱらのセオリーだ。かなりの書物がそう書いている。この理屈であれば、主題的には少し異なるコンスタブルのような牧歌的な叙情を描く画家も「ロマン主義」のグループに入れても違和感がなくなる。この自然回帰はフランスのロマン派作家であるルソーの提唱する思想観でもあったことは有名である。 

 まとめとして「新古典主義」と「ロマン主義」の対比についての要点を述べていこう。既述の通り、静と動のおおざっぱな区分けを念頭に、少し細部に入ると「新古典主義」は線が中心の描き方、「ロマン主義」はペインティングが中心の描き方と言われている。要はペンと筆の違いである。また人物のポーズも止まって美しい姿勢を強調する「新古典主義」に対して、動いている一瞬を止めたような「ロマン主義」など、比べると分かってくる下地が満載の様式なのである。是非とも両方を比べて絵画を見ていただくと少しだけ私のように分かったような気になるレベルには到達できる筈だ。それ以上の考察をしたい人は当然しかるべき手続きを踏んだ講座や講義を受講なさることをお薦めする。なんせ本稿は「美術館をめぐる遠足のしおり」を目指しているものだから、そこが限界、到達点である(笑)。美術館訪問ファン、西洋絵画ファンの門戸を広げることが出来ればという、あくまで教養のレベルである。
 そしてなおざりのままで申し訳ない「ロココ様式」も含めて、西洋絵画を見て愉しむ作業のきっかけや肥やしになればいいと思って今回はここで終わりにしたい。次回は「写実主義」、「印象主義」、「後期印象主義」などをご紹介できればと考えている。

名画リンク
フラゴナール『ぶらんこ』
 http://www.wallpaperlink.com/bin/0707/03614.html
ダヴィッド 『アルプス越えのナポレオン』]
 http://www.wallpaperlink.com/bin/0707/03666.html
『皇帝ナポレオンと皇妃ジョセフィーヌの戴冠式』
http://www.salvastyle.com/menu_neo_classicism/david_couronnement.html

アングル『泉』
http://www.salvastyle.com/menu_neo_classicism/ingres_source.html
ターナー『雨・蒸気・速力 グレートウエスタン鉄道』http://www.salvastyle.com/menu_romantic/turner_rain.html
ジェリコー『メデュース号の筏』
http://www.salvastyle.com/menu_romantic/gericault_meduse.html
ドラクロア『民衆を率いる自由の女神』http://www.salvastyle.com/menu_romantic/delacroix_people.html
コンスタブル 『干し草車』 
http://www.salvastyle.com/menu_romantic/constable_wain.html
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1 美術館めぐりAppreciate pictures in Art Museums-鑑賞の下準備と近代前の時代 [ミュージアム]

 ここで扱うもの、一言で言えば、それは美術館訪問のための「遠足のしおり」的な内容である。以前、私自身、文化史の流れで学習をしていた絵画の歴史(あくまで学問の美術史ではありません。教養としての、なんとなくの絵画の歴史です)。これを知ってから美術館に行かれると少々アートが楽しくなるというゆるい知識をこれからご一緒していけたらと思う。実は私の美術館、博物館訪問歴はちと長い。小学生の時からなので申し分の無い折り紙付きだ。ただし美術や絵画を専門的に学校やアトリエ教室などで学んだ人間ではないし、身近にそんな者は誰ひとりいないので、美術館やテレビなどで得た知識と、本を読んで得た知識以外の解釈はみな我流だ(ただし美術館などの主催するギャラリートークやミュージアムトークといった講演の類には相当お邪魔しています)。そういう意味では逆に門外漢に近い。しかも絵は描けない。もっと言えばドが付くほどへたくそである(笑)。鑑賞のみの一方通行だ。吟味して、厳密に扱ってしまうと少々違っていたり、解釈の深みが足りないという部分も出てくるやも知れないが、そこはゆるい内容と察して、高度な内容を求められても対応をしかねることも重ねてご容赦願いたい。所詮は「遠足のしおり」なのである。以上を念頭に文学・歴史の人が紡ぐ「ゆるい絵画と文化史」、ミュージアム見学のしおり、本題に入りたいと思う。

 おおざっぱに言うと、一般的な西洋の絵画を美術館で鑑賞する場合は年代順にグループわけをして、頭の中でまとめておくと理解の手助けになる。これは美術館に限ったことでなく、一般的な美術史の本を読むときにもこのグループ分けで成り立っている。そうすれば時代で分けておきながら、技法や特徴にも通じてくる。いわば基本手続きだ。それが身につくと、その陰には作画技術や道具などの発展が存在している部分も多分にあることが少しだけ見えてくる。
 さてそこでまず大前提だ。歴史を考える上でその流れを時代毎に分ける作業を「時代区分」という。共通するおおざっぱな分け方では古代・中世・近代(現代)と三ないし四分割する(日本史は近世という独特な区分を入れるのは有名)ことが多い。古代はギリシア・ローマなどに代表される華やかな時代、次に暗黒時代とか封建制時代と呼ばれる中世、そして産業や科学の発達する近現代と特徴を覚えている人も多いことだろう。
 ここでの分け方はさらに突っ込んだ区分法になる。地理的には欧州のほぼ標準、あるいは西欧と南欧にまたがる両者のものと考えてもらった方がとらえやすい。区分のしかたは地域によって異なることが多いためだ。
 更に地理的要因の他に分野的な手続きを必要とした区分に至る。ここで必要なのは文化史の「時代区分」という事になる。法制史、政権史(王権史)とは違う区分方法だ。この区分方法を用いるのは文学史、美術史、音楽史などである。人間の生み出す創作作品を時代毎にグループ分けするための手法だ。美術分野では「様式論」とも言うようだ。
 これら三分法と文化史の区分法の二つの並列する時間軸の中で、双方共通の区分点となっていて、基準的、中心的な位置にあるのが十四から十五世紀にかけておこったルネサンス付近の時間軸である。なかには「近代への入口」などと言う人もいる。文芸復興や人文主義的な学芸の成立を意味する新たな時代の幕開けとも言われている。ミケランジェロ、ダヴィンチ、ラファエロ、ボッティチェリなどの表現した芸術世界観である。ある意味で復活した古典主義の草分けとも言えるが、単なる模倣に終わっていないのがこの時代の芸術作品の特徴と述べている書物が多い。絵画そのものの性質としては雲や空の鮮やかさ、人間の肉体などでその描き方は前時代を踏襲しているものも多いが、構図やバランスは明確に変わった。計算された美へと変化しているからだ。またなによりも主題を罪や戒めから人間としてのあり方に変えた点、つまり「生きる」というテーマや思想観であると多くの美術書は賞賛している(この現象をもって美術史は中世とはおさらばをしたと書く歴史家もいるくらいである。ただし一般的には他との調整もあるため、「新古典主義」の登場をもって近代の幕開けと書いている本や意見の方が多い)。そしてその影響下で社会の変化をもたらした華々しい功績も忘れてはならない。
 こんなダイナミックな提示の仕方をしておいてなんなのだが、この時代は私の守備範囲ではない(笑)。私の興味の世界は近代文化と並行した知識なので、このあたりのことはさっぱり分からない。近代ですらまだ手に負えていない拙い者なので、それ以前のこの時代に関する私の知識の量など「赤子の手をひねるようなもの」である。触れた程度ですぐ「イタイ!」と言いそうだ(笑)。

 そんなわけで今回は「ロココ様式」と並び、近代への過渡的様式とも言われている「バロック様式」のさわりを見ていくことにしたい。では「バロックならよく説明できるのか?」と言われるとまたまた逃げ口上のようだがそうでもない。本文に記すのは作品を通して時代をひもとく作業なので、先に述べたとおり見地は文芸史、レベルは趣味の範疇である。再三になるが、楽しく見学をモットーの「遠足のしおり」としてお読みいただきたい。そんなわけで出来る範囲でやってみたい(笑)。
「バロックというと何を思い浮かべるか?」という問題提起を出してみる。無論自問自答だ。このえらい先生が言い出しそうな質問に、文学の人たちは「古典主義からはみ出したいびつなもの」やら「文字で作るシルエットのようなデザイン」等と言いそうである。音楽の人なら「チェンバロ、ナチュラルトランペット、通奏低音(なんのことだか分からないが本にそう書いてある)」等を挙げるらしい。文学や美術と異なり、音楽史だけは「バロック様式」をポジティブな意味で使うことが多いそうだ。
 美術においてはルネサンスの古典回帰の後に来たしぼんだ美術という位置づけで、趣旨的には文学史の評価とおおよそ同様な意見に思える(正確には文学史家シュトリヒの意見によって文学史が美術史の意見に倣ったのだが)。そんなわけだから、長いこと虐げられてきたという話も良く聞く。俗っぽくいえば、現代まで、つい最近まで「しょぼい芸術」みたいに扱われていた。それはルネサンスのさんさんと輝く光陽の芸術のようなものの次に来たのだから、対比としてそう見えても仕方ない立ち位置である。
 代表的な画家としてはフェルメール、レンブラント、クロード・ロラン、ルーベンス、ベラスケスなどが当てられるが、これらの画家同士のなかに共通項はあまり見当たらない。強いて挙げるなら光による強弱でメリハリのある作風、あるいは黒つぶれ寸前まで陰を描くなどと言われているが、私個人の所見はそれぞれの画家に統一感を見いだせず、例外も多いのでなにも言えず、不明としか言えない。
 しかしこれら個々の画家はあまりにも有名で、時期的にも多くの局地的な近代戦争にそのたび巻き込まれてきた時代の作品なので、残っている作品があまりにも少ない画家たちなのだ。そう希少価値な作品である。そのためこれらの画家の特別展をやるときなどは必ずといっていいほど「幻の画家」、「希少なコレクション」等と冠するタイトルがつけられていることが多い。国立西洋美術館にこの時代を生きた燭光の画家、ラ・トゥール(ただ様式的には旧古典派らしい)が展示されると耳にしたときは真っ先に見に行ったミーハーな私である。
 我が国では、人気第一の印象派を後押しする特別展が多い中で、実はバロック時代の画家が負けないくらいに人気の画家たちであることも加えておこう。だから実際には決して「しょぼくない」のだ。
 特にフェルメールはダントツで人気の画家である。「ウルトラマリンブルー」という色づかいの特色がこの画家の代名詞でもある。この色はラピスラズリという岩石に由来する。古代文明の装飾にも使われている宝飾石の一種で、碧色の豊かな色彩を表現するのに使われた顔料である。この時代(今もかも知れないが)、高価故になかなか入手できない顔料であるにもかかわらず、フェルメールはこの顔料を惜しげもなく使用しているところからこの画家をあらわす特徴のひとつになっている。また消失点を用いながらも、それを一部で無視した独特の遠近法とからめたり、カメラオブスキューラを用いていることなどもエピソードにあがり、なにかと話題の画家である。作品を見るときはそのような点に留意して見ていただくと楽しめる。
 次にお薦めなのはレンブラント。写真好きの方にはおなじみの「レンブラント・ライティング」の名称のもとになった画家である。話は逸れるが「レンブラント・ライティング」は極端な陰影をつけるライティング撮影法で、約四十五度の角度から強い照明光を当てて明暗を際立たせるポートレートライティングの技法である。仕上がりは劇画のような迫力ある写真になる。画家のレンブラントは先にも述べたように黒つぶれの限界まで表現するほど光にこだわった画家であり、彼の光の強弱のあり方に似ているところからそう命名された。
 彼の代表作と言えば『夜警』。あるいは近年ではこれは『町の自警団』とも言われている作品であるが、その暗闇の部分が実は半分は自然劣化により黒ずんでいたことが第二次大戦後すぐの頃に解明された。手入れをしてみると、実際には明るい昼間の風景だったというオチが付く。今更タイトルを変えられないため、題名に着地点が見いだせない。長いこと『夜警』と呼ばれていた作品を突然変えるのに抵抗のある人が多いようだ。どのように煤けたのかは不明だが、自然に黒くなっていたと言うことだ。それが結果的に長い間画家のテイスト、作品の味わいにされてきてしまうあたりも、美術作品の奥深いところだ。
 美術館をめぐると言うことはこういった近年の作品評価の更新をうかがい知ることにもなるので、ぜひ行ってみて欲しい。もちろん写真ギャラリーも楽しいのでご一緒にいかがかな。次は「ロココ様式」、「新古典主義」、「ロマン主義」あたりを、諸文化と絡めながら「遠足のしおり」的な解説といこう。ちなみにこのアートミュージアムのシリーズは全三回程度を予定している。では今回はこの辺で。ミュージアム、ギャラリーぶらぶら族のみなさん、ごきげんよう。

名画リンク
ボッティチェリ『ヴィーナス誕生』 http://www.wallpaperlink.com/bin/0701/03046.html
ラファエロ『アテネの学堂』 http://www.wallpaperlink.com/bin/0706/03530.html
フェルメール『絵画芸術の寓意』 http://www.wallpaperlink.com/bin/0704/03294.html
        『真珠の耳飾りの少女』http://www.salvastyle.com/menu_baroque/vermeer_meisje.html
レンブラント『夜警』 http://www.wallpaperlink.com/bin/0704/03234.html
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