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14 美術館めぐり Appreciate pictures in ArtMuseums / A very biginning of the europian art-history. 西洋美術史(絵画史)ことはじめ―その6 『サント・ヴィクトワール山』 [ミュージアム 美術史]

 南フランス、プロバンスの自然に魅せられた画家セザンヌ。セザンヌほど多くの内在的な弟子を持った画家はいない。なぜこんな遠回しな言い方をするのかというと、勝手に師匠として目標にしていた著名な画家の多さに驚かされるからだ。晩年には、「現代絵画の父(近代絵画とも)」と称されたり、若き日の逸話として、「僕はリンゴひとつで立派な成功する画家になるんだ」と公言したともいわれる。エピソードには事欠かない人となりがそこにはあった。
 大雑把な区分けをすると、彼自身の若き日の立ち位置は、印象派展の常連として、重ねてモネやルノアールの弟分としてデビューした画家である。成功が遅かったことも特徴に挙がる。故に印象派というより後期印象派としてカテゴリーに入れられることも多いが、正真正銘、印象派初期メンバーの一人である。つまりは印象派絵画の特徴の酸いも甘いも知った画家ということだ。
 印象派の中で古典回帰を目指した画家は、ルノアールが一番有名だが、セザンヌも同じく古典回帰を目指した方向性で知られる。それにも関わらず、冒頭で述べた通り、新鋭の画家たちに「新しさ」を与えた画家なのである。それをわかりやすく述べているのが、映像資料『巨匠たちの肖像 セザンヌ・革命を起こした隠者(2010年・NHK-BS)』のなかでのカテゴライズだ。
 ここではセザンヌの作品の特徴を三つに分けて、その派生を受け継ぐ画家の特徴に結び付けている。まず第一に水浴婦人像である。これはどちらかというとルノアールのお得意分野であるが、セザンヌも自身の現存約850の全作品のおおよそ一割は、このモチーフを選んでいる。セザンヌのこの人物考察や自然と人間の対話をモチーフにした作品に共感、共鳴したのが、マティスである。マティス自身は印象派への憧憬を抱く画家であったため、その水浴図は点描に彩られ、モネやルノアールへのオマージュともとれるように見受けられるが、モチーフの面で人物や色遣いの面白さをお手本にしていたのが、セザンヌのようである。
 第二としては、静物画の巨匠として知られるセザンヌ。これが一般においての一番セザンヌらしい作品である。リンゴのある静物画を描かせたら、右に出る者はいない。それくらい自然物の造形や色遣いに忠実に、しかも独創的で美的な構図を用いて描いている。これを称賛したのが、同じ後期印象派のゴーギャンである。ゴーギャン作『マリー・デリアンの肖像』の中にその静物の特徴を探すことができると映像資料は結び付けている。
 そして第三の特徴であり、本稿の主題でもある『サント・ヴィクトワール山』や『プロヴァンス地方の家―レスタック周辺』の風景画である。風景画とは言っているが、そこには造形へのアプローチがあふれており、角ばった家の造形やこの山の石灰岩の岩肌がデフォルメされた三角形や四面体で描かれていることがこれらの作品の特徴である。この風景画の面白さに飛びついたのが、当時キュビズムという四面体を平面で描く集団にいたブラックやピカソである。とりわけブラックは、その家を描くためにレスタックを訪れて作品を残している。マティス、ゴーギャン、ブラック、ピカソという大物画家たちがこぞって勉強の対象にした画家がセザンヌだった。
 さて、今回、なぜこの『サント・ヴィクトワール山』を取り上げたかというと、それは、とてもいろいろな手法で、いくつもの表情を持つこの自然物の山を、セザンヌは何度も表現しているためである。実に水彩と油彩を合わせて80点以上の作品が現存する。ちなみにピカソは晩年、この山の見える場所に居を構えて余生を楽しんだのだという。
 角張った手法のほかに、色の表現としては、色遠近法を無視して、鮮やかな遠景を手に入れることがこの山をモチーフにした彼の絵の特徴である。写真では確実に青みがかった遠方の山にしかならないが、絵画なら鮮明な山の岩肌や木々を表現できるということが特徴になった。ローマ時代の伝説の舞台でもあり、ケルトとの戦乱での勝利を意味するところからヴィクトワールの名を持っている山である。その歴史は古い。
 特にこのサント・ヴィクトワール山を描いた中でも、『松の木のあるサント・ヴィクトワール山』はセザンヌには珍しく絵の右下にサインを入れている。日本趣向の構図が美しく自分でも納得いく絵が描けたためと考えられる(島田監修『印象派美術館』小学館2004年 340-341頁)。
 また造形を愛するようになったセザンヌの動向についても、南フランスの光に満ちた風景を、自然の造形から空間構成、ヴォリュームなどのアプローチする画風に移行していることを『近代絵画史(上)』は述べている(高階『近代絵画史(上)』中公新書 126頁)。とくにその傾向は1885年ごろから始まっていて、『レスタック風景』や『サント・ヴィクトワール山』の連作で実践されていったとある。
 造形へのこだわりは人物画の中にもあったようで、セザンヌは若き画家仲間のベルナールに向かって教示したのが、「自然を円錐と、円筒と球体で捉える」ということだったようだ(高階『続名画を見る眼』岩波新書 36頁)。
 このようにセザンヌは自身の郷里にこもって、田舎生活をする中で、絵画にどのようなメッセージを託していたかというと、一般書の中に、私にとって合点のいく、そのヒントのような文章を見つけた。それは絵画を寓意性や物語性で読み解こうとするフランス人への新しい提案で、その習慣をさせないために、造形の絵画を描き続けたという考え方だ。それに適したものとして、あえて動かない山の風景画、腐りにくく、比較的保存のきくリンゴの静物画をモチーフにしたという考え方だ(木村『名画は嘘をつく』だいわ文庫 46頁)。意見はそれぞれだが、この意見にも一理あると思わず納得した。
 さて、リンゴと水浴婦人とサント・ヴィクトワール山。セザンヌが愛した三つのモチーフのなかで、ひとつだけ本物を見ないで描いていたモチーフがある。それはどれかというと、水浴婦人だ。もともとシャイで、照れ屋な性格のセザンヌ。片田舎で水浴のモデルをしてくれる婦人など見つけるのは難しい。そこで遠方から水浴の婦人を眺めたてデッサンしたり、都会の絵葉書や写真などを参考にして描いたということである。つまり彼の描く水浴図にはモデルはいないというのが、良く語られるエピソードである。印象派の巨匠とはいえ、照れ屋なところが面白い人物像である。


現物作品は エルミタージュ美術館蔵 油彩 78x99cm

セザンヌ 『サント・ヴィクトワール山』 
http://www.salvastyle.com/menu_impressionism/cezanne_victoired.html

『松の木のあるサント・ヴィクトワール山』
http://bijutsufan.com/postimpressionism/cezanne/2965/

『ガルダンヌから見たサント=ヴィクトワール山』(横浜美術館に所蔵されています)
http://yokohama.art.museum/

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13 美術館めぐり Appreciate pictures in ArtMuseums / A very biginning of the europian art-history. 西洋美術史(絵画史)ことはじめ―その5 『印象ー日の出』 [ミュージアム 美術史]

 その昔、話の流れで、「モネやコンスタブル、ミュシャ以外だとやっぱりルノアールがお好きなんですか?」と訊かれたことがある。あんまり四番手、五番手の話って、世間話でどの分野でも出てこない。でもこの手の話で返答に困ることはない。実は次に好きなのはマティスである。完全に現代絵画だ。それで後半の名作『夢』が大好きである。あの柔らかさとカンファタブルな光景が、見ているだけで癒やされるからだ。現代というと、ダリやピカソが有名なので、「フォビズム(野獣派)」のマティスは少々控えめな存在だ。しかもマティスの作品は何度も見ているが、野獣と思ったことは一度も無い(あくまで個人的感想です)。性格も紳士であると多くの証言が残る。言葉の一人歩きに近いカテゴライズと言うことだ(この名称は作品グループへのネーミングなので大目に見た方が良い)。原色基調はゴッホやゴーギャンが後期印象派でやっているので、昔はその流れにも見えた。それよりマティスは絵画のその柔らかな輪郭線や、造形物である切り絵独特のハンドメイド感が好きである。アーツ&クラフツにも通じるようなモビルの類もおしゃれである。加えておくと、もちろん印象派で言えば、ルノアールも、セザンヌも、モリゾだって興味の尽きない画家である。いきなり話を外してしまったが、タイトル通りに戻そう。今回はモネの名作『印象-日の出』である。
 もうご存じの方も多いだろうが、印象主義(Impressionism)主軸を占める有名作品である。ただし第三回の記事で、すでに印象派の作品の扱いに触れている通り当時は無残な作品評価だった。繰り返しになるが、1872年の当時は関係者を除いて、誰ひとり、この作品も含めて印象派の作品すべてを名作などと思っていない。言い方は良くないが「作品にも値しない駄作」として有名な絵であった。時間とともに、印象派の画家たちの地位が上がるとともに、この絵の評価も上がっていったというのが、本当のところである。
 察しの良い方はもうお気づきだろうが、印象派や印象主義の名称は、この絵を起点とする。実はこの絵については、絵の評価や評論よりも、印象派自体の出で立ちや名称の由縁などでよく紹介されることも多く、作品自体の評価と言うよりも、エピソードと絡めた紹介が多い。要はこの絵にまつわる印象派のアイデンティティのようなものだ。ではその辺の概要を含めて見ていこう。
 おおすじで周知の事項をまずは共有したい。セーヌ川河口の港町ル・アーブルの日の出の風景を描いたものである。古典絵画の場合は光源を描くことは暗黙の禁じ手になっていた。つまり写真ならフラッシュを撮影した作品みたいなもので、太陽を描くというのは、挿絵、説明や図解のためのフィギュア(よくfig.なと略す図解)でも無い限りは、アグレッシブに描かれるものはなかったという。おまけに絵の表面は最終処理がさせていない、あるいは中途半端な凸凹が残るともいわれ、この展覧会で評論家や新聞記者が感じたことは、「アンフィニッシュ(仕上げ前)」、つまり同義語である「習作」、「印象」といった単語だった。ちなみにこの三つの単語は、ほぼ同じ内容を示す言葉として使われていたようである。
 結果的には、これ以後、光の分析をする印象派の代名詞やイメージを司るものが太陽になっていくのが面白い。同じモネの『ルーアン大聖堂』なども光の分析を時間ごとに捉えた実験的な大作である。おまけに嫌みとして、半分からかわれた言葉「印象」を逆手にとって、1877年の第三回の展覧会からは「印象派」を名乗るに至っている。作品とその背景の基礎事項はこんな感じなので、実際の作品の特徴とエピソードを書籍からくみ取って挙げていこう。
『印象派美術館(島田ほか・小学館・59ページ)』では、海と空の境もなく、すべてがぼやけていて、はっきりしているのが船のシルエットだけという解説である。水面の短い線の集合体はさざ波であり、太陽やものの陰影を映しており、すでにこの頃から光に対する探究心が見えている気もする。絵画の場合、水鏡を含む鏡、ガラスや水晶のような透過素材を表現することで、光の描き方が鍛えられると聞いたことがある。グラスについた水滴などを絵にすると、その人の透明というものの考え方やアプローチの仕方が分かるそうだ。この作品にもそんな水と透過と光の関係が、細々とではあるが垣間見える。
『近代絵画史(上)(高階・中公新書・84ー87ページ)』では、モネのこだわりが面白い。モネとクールベのやりとりにおいて、庭のカンバスに向かって微動だにしないモネ。止まったままの絵筆と手に、クールベが「なぜ描かない」と訊くと、「雲が太陽を隠しているためだ」と返した。影響を受けない場所を描けばいいと答えたが、モネは陽光が戻るまでは描かない頑固さを固持したという。『印象-日の出』にも通じるエピソードなのだが、彼には太陽の光は最重要アイテムだったのだ。
『六つのキーワードで読み解く西洋絵画の謎(千足・大和書房・88ー89ページ)』では、輪郭線のないおぼろげな、その朝靄の日の出の様子を、イギリスロマン派の巨匠ターナーの筆致と同様のなぞらえ方で、「朦朧体(もうろうたい)」と位置づけている。抽象的な文章や明確な輪郭線のない絵画を文芸ではそう呼ぶのだが、デッサンを省くことの多かった印象派の面々の作品は、そういう特徴もある。ただし現実には、ルノアールなどは後半になると素晴らしいデッサン技術を披露しているので、必ずしも印象派の画家たちがデッサンをしなかったというセオリーで読み解くのは間違いである。また彼らはデッサンをしなかっただけで、技術は持っていたとも言われている。
 この「朦朧体」を「主題の欠如」と読み取ったのが、「同時代、20世紀、そして今日におけるモネ(セルジュ・ルモワンヌ)」『大回顧展 モネ 印象派の巨匠とその遺産(図録・新国立美術館・読売新聞社・2007年・17ページ)』だ。ここでは、ものの形が消えて、点描だけ、イメージだけが残っている絵画という特徴を挙げている。繰り返しになるが、つまりはここでも「朦朧体」を意味しているとわたしは考える。
 この『印象-日の出』という作品には、印象派の特徴を導く、多くの特徴が内在していることはご理解いただけたと思う。当初、この作品のことをモネ自身は『日の出』とだけ呼んでいた。それがなぜグループ展の名称にまでなった「印象」という単語を冠するようになったのか、をご紹介して幕引きにしよう。
 再度『近代絵画史(op.cit.)』を当たる。展覧会カタログの編集担当者、ルノアールの弟に「もっと魅力的なタイトルが良い」と言われ、「それなら印象とでも加えてくれ」ということで、「日の出」という単語の前に「印象」が加えられたということだ。モネによって、その場の思いつきで加えられた単語が、絵画史上、いや絵画だけでなく芸術史上重要なタームとなった「印象主義」という芸術思想の名称を生むことになった。

後付
最近気付いたのだが、ドビュッシーの交響詩『海』の第一楽章の冒頭部分は夜明けっぽくて、このモネの『印象-日の出』に合うと思う。どうかな?

現物作品は パリ・マルモッタン美術館蔵 油彩カンバス 48x63cm

モネ 『印象-日の出』 
http://www.salvastyle.com/menu_impressionism/monet_impression.html
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12 美術館めぐり Appreciate pictures in ArtMuseums / A very biginning of the europian art-history. 西洋美術史(絵画史)ことはじめ―その4 『白のシンフォニー(シリーズ)』 [ミュージアム 美術史]

  今回はホイスラーを取り上げよう。この画家は、印象派ともジャポニズムとも言われる上に、アメリカ人なのだが、アメリカ本国ではほとんど知られていなくて、イギリスで人気の画家である。ご存じの方は、「また掘り下げたところから持ってきたなあ」などとお思いかもしれない。
 この画家、イギリスで活躍はしたのだが、かの美術評論家のジョン・ラスキンともめたり、また新聞社などの発表する評論の執筆者とやり合ったりと、結構プライドの高い、やり手の画家でもあった。
 わたしの知る有名なエピソードは、この『白のシンフォニー』のタイトルに難癖をつけた評論家とのやりとりだ。
「なぜ白のシンフォニーなのに、白以外の色を使っているんだ」という質問に、ホイスラーは「じゃあタイトルに『交響曲ヘ長調』とあったらファの音しか使わないのか? 1音で曲が書けるのか? 愚問だ」というウィットの効いた切り返しで、一蹴したエピソードを思い出す。
 このほかにもホイスラーは『ノクターン』、『ハーモニー』のシリーズもあり、音楽用語を絵画に使う印象派に近しい画家だった(一部印象派とは親交は深かったが、作風としては距離を置いていたという見方もあるため完全な印象派画家とは言いがたい。「印象派展」にも誘いを受けたが実際には参加していない)。『ノクターン』は夜景の絵画である。
 ではこの『白のシンフォニー』についてだ。1860年代にホイスラーの音楽用語タイトルはこの絵を皮切りに始まった。その音楽用語と白のグラデーションを活かした作風についてのコメントを二つ挙げてみたい。
『西洋絵画の謎(千足伸行著)』の中では、ホイスラー自身が当初『ホワイトガール』と呼んでいたらしいのだが、この絵を見たフランスの評論家が『白のシンフォニー』と呼んでからその名が定着したとある。
 もうひとつ『イギリスの美術(高橋裕子著)』の中でもほぼ同じ内容が読み取れる。「落選者展」に『ホワイトガール』を出展したときにある批評家が『白のシンフォニー』と呼んだことでその名が定着したそうだ。ここでこの本の著者は「色と形による純粋な視覚的喜び」という表現で、ホイスラーの作品の鑑賞や解釈を位置づけている。
 またラスキンとのやりとりについては、ラスキンが、花火の絵を見て、「絵の具ツボをひっくり返しただけのような絵」という酷評をしたために裁判を起こして、勝訴し名誉を守ったのだが、裁判費用が払えずに破産したというエピソードも有名だ(『印象派美術館(島田紀夫編)』410ページ)。
 仕上がり当初「ホワイトガール」だったこの絵に音楽用語を授けたのは、批評家だったが、それに良い印象を持ったホイスラーは次々と音楽用語を作品につけていった。その後抽象画で有名なカンディンスキーも音楽用語のタイトルを使う作品を作っている。
 良い意味でも逆の意味でも、評論家との関係が深い画家がホイスラーである。


現物はワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵
1862年 油彩・カンバス 213x107.9cm

ホイスラー『白のシンフォニー第一番』
http://lempicka7art.blog.fc2.com/blog-entry-99.html
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11 美術館めぐり Appreciate pictures in ArtMuseums / A very biginning of the europian art-history. 西洋美術史(絵画史)ことはじめ―その3 『ムーラン・ド・ラ・ギャレット(の舞踏会)』 [ミュージアム 美術史]

  「ムーラン」が風車、「ギャレット」が焼き菓子を意味するというこの店名。店の庭先テラスで戸外風景を描いて代表作を作り上げたルノアールの足跡を見ていこう(いきなり本題という快挙)。
 例えばアルテの『美術史入門』では、とても短い文章だが、『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』はモネとの対比で、色彩の多様性を描いた印象派特有の気質をもつモネに対して、「女性美の伝統的規範」を利用し続けているような特性を持たせていることを述べている(アルテ『美術史入門』白水社 94ページ)。
 換言すると、過去の慣習にとらわれない色彩感覚を独自に発見してきた印象派の先頭集団にいたルノアールでも、実は過去の画家たちと同じ女性に対する審美性の目を持っていて、それを作風に活かしているというものの言い方に感じる。もう少し加えると、革新的とか、画期的と言われることの多い印象派の画家たちへの決めつけが多い中で、実はそうではなく、彼らも過去の画家たちが発見し、大切にしてきた技術や約束事をちゃんと踏襲しているということを説明しているとも解釈できる気がする。
 例えば、短い字数制限のかかる雑誌やチラシなどでは、科学的根拠やルール無視を彼らの偉業的な特徴としてあげられる事が多い(展覧会などではキャッチコピーは心に残る方が良いというのもあるだろう)。でも実際、凹凸をなくす絵画の表面仕上げは、点描画法を行ううえで、犠牲にしなくてはいけなかったルールだし、時間によって(天候や太陽の角度)、肌の色や葉の色も変化しており、常に同じ色を使うことは、色彩のルールのうえで主観的になっており、見たままの客観的色合いではないということで、お決まりの色のルールを破棄しなくてはいけなかったという犠牲のうえに成り立っているのである。
 実はこの表現、似たようなことが書いてある本がある。内容的には、モネとの対比でやはり人物画家としてのルノアールという視点だ。『続名画を見る眼』の中ではこんな感じだ。輪郭線を重要視しないことや補色の効果は、他の印象派と同様の技法を持っているのだが、そこに人物を配置しないモネたちとは異なり、積極的に人物(特に女性)を配置した風景画を描いたのがルノアールの特性だという(高階秀爾『続名画を見る眼』岩波書店 21ページ)。
 つまりわたしの記憶と重ねると、ルノアールは、モネと一緒に光の研究をしながらも、光が人物に及ぼす肌の色やその色彩を状態として捉えたかったと言うことだ。確かにモネも人物の入った風景も描くことはあるが、肌の色や顔がはっきりとわかるような描き方はしない(有名な作品はのっぺらぼうに描かれているものも多い)。ルノアールは人物を重要視していたことが作品からも見て取れる。
 ところでこの絵画作品に描かれている人物の集まる華やかさは、休日の屋外舞踏会(まあ、今で言うダンスパーティに近いです)が開かれていた店の前の庭の様子と言われている。もちろんここに登場する人物はほとんどがルノアールの知り合いか、素人モデルである。人集めの際には、劇場女優が被っていて、評判となったとんがった帽子を日曜のこの店主催の舞踏パーティに来ていた若い女性たちに大量にプレゼントすることでモデルの約束を取り付けたというエピソードも残っている(本当かな?)。
 そのモデルのパリの下町娘たちに交じって、画面右手には評論家リビエールや画家のラビなどが描かれており、ルノアールの交友関係を織り交ぜた作品になっている。
 粉ひき風車を名物広告にしてオープンしたこのダンスホール兼飲食店。午後三時から始まったダンスは深夜まで続いたのだという。
 ちなみにこの『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』のタイトルを掲げる作品としては、「青の時代」でも、「バラ色の時代」、「キュビズム」でもない、何者でもない時代のピカソも描いている(島田紀夫編『印象派美術館』小学館 232ー233ページ)。ルノアールの淡い色とは異なり、赤や青のはっきりとした色に特徴がある別の『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』である。
 またこの店の位置していたモンマルトルについて加えておくと、ここは現在、なだらかな坂道の続く住宅地。パリ十八地区市街地の中にある。しかしルノアールがアトリエを構えていた十九世紀のこの場所は違った。ゴッホの描く『モンマルトルの丘』を参考に検証してみると、土と草に覆われた傾斜する大地が描かれており、つまりいわゆる本当に丘である。ブドウ畑と粉ひき風車の回るのどかな場所で、週末に歓楽街として営業する店が、少しずつ増えていた場所でありそんな時代だった。
 大きな意味での、武蔵野と呼ばれたころの東京の世田谷や横浜の緑豊かだった山手の丘の明治から大正時代の風景に、その立ち位置が似ていたのかも知れないと個人的には思っている。ある意味では、バルビゾンやフォンテーヌブロー、はたまたグレー=シュル・ロワンとまではいかないが、そこそこの芸術家村(コロニー)の役割も果たしていた地域とも見てとれる。
 しかし十九世紀も末期になるとその役割も変貌し、夜の歓楽街と化しながら、ここも都市化していったようである。ロートレックやミュシャの活躍した時代は、そんな都市化したモンマルトルの時代だったのだろう。そうなってくると、歴史的な所見を述べるうえで、常に使われるステレオタイプの定義である「近代化の波」や、「資本主義経済の社会での顕在」、そして「工芸や民芸、宗教的色彩の芸術からの開放文化」といったお決まりの見地として具象化されることの多い、おなじみのフランス十九世紀の芸術の表象がここにある。
 これらは、よく手垢の付いた表現だとか聞くのだが、でもこの時代の芸術や画家、作家(ここでは文筆だけでなく、音楽家や演出家なども含めたクリエーター全般を指す)とフランス・パリを表すうえでは、未熟なわたしには、先達の表現を踏襲する他に良い表現が思いつかないのである。そして妙にこれらの表現がマッチングしていることも事実なのだ。あしからず。
『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』はそんなモンマルトルと芸術家を結ぶ出発点の時代を描いた作品であり、ルノアール自身の評価としては、印象派から人物画への主題の舵取りを考慮し始めるきっかけのひとつにもなった作品ともいえるのではないだろうか。

現物作品はパリ・オルセー美術館所蔵
1876年  油彩、カンヴァス 131 cm × 175 cm


ルノアール『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』
http://www.wallpaperlink.com/bin/0702/03138.html
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10 美術館めぐり Appreciate pictures in ArtMuseums / A very beginning of the europian art-history. 西洋美術史(絵画史)ことはじめ―その2 書籍案内② [ミュージアム 美術史]

 第二回目は以前も言っていた入門書。国際的にも評価が高いと言われる偉い先生がお書きになっている洋書の翻訳物。文体の好みや内容の得手不得手もあるので、ここで紹介するものだけでなく、自分に合ったものを探そう。そして先に申し上げておくが、このブログの内容は個人の感想のもとにまとめた紹介文なので、読書感想文と同様、自分が感じたことを丁寧に述べているだけである。したがって万人に通用、適応するものではないことをご了承願いたい。
 まずは自分が学者肌と思う方へのお薦め(別に本当の学者でなくても、あえて当てはめれば、でいい。自分で思っているだけで十分にその資格はある)。優秀な方はこれが良いと思う。
 そう、アルテ著の『美術史入門』から始めよう。タイトルのこれ、真面目で勤勉家の人にとっての「入門書」であり、素人には専門書にしか感じないので注意。
 白水社の【文庫クセジュ】シリーズはいつもながら良いところに目が向いているように感じる。以前、文学史や音楽史とならび美術史も同じカテゴリで研究対象とする方法論が適切というニュアンスの内容を述べたことがある。いわゆる文化史のありかたのようなものだ。それはこの本などからの請け売りである。この本では学生に向けて述べた序章に記されている。
 この本のすごいところはマニアックと今の時代なら言って良いかも知れない知識情報の網羅。本当に入門のため、イントロダクションの本かと疑ってしまうレベルだ。わたしも軽くしか触れられないが(難しいおつむを持ち合わせていないので・笑)、美術史の基本的、代表的な研究家ブルクハルト、ヴェルフリン、リーグルなどの「様式論」からの研究史を載せているだけでなく、ヘーゲルやレヴィストロースなどの哲学、現代思想の大学者まで網羅している。ヴェルフリンの『美術史の基礎概念』の翻訳本はウチの本棚に刺さっているが、恐れ多くてまだ読み込めずにいる。ずっとそのままかも知れない(笑)。
 確か前者はオーストリアの一派であり、図案の様式から発展した読解法を確立、美学、美術史の専門家だ。だが後者は学問体系全般を十九世紀に確立させた人であり、現代の学問や芸術の研究のやり方は、少なからずやヘーゲルの方法によっていまもなされているはずである(断定できないところがわたしの知識の浅いところだ・笑)。
 レヴィストロースの方は、哲学と言うよりも現代思想といわれる。まあ、パラダイムという学問のファッションに則って評価を上げてきた思想家と理解しているが、もちろん浅い知識の中での話だ。この著者のものは、大昔に『悲しき熱帯』を一度だけ手にしたことがある程度だ。中身については未開と現代社会についての内容だった気もするが、ほとんど覚えていない(だめだめです・笑)。現代思想というのなら一般的には美術関連の方はロラン・バルド、経験概念ならジョン・デューイと思ってしまったわたしだ。お決まりのパターンしか知らない痴れ者である(笑)。
 というくらい本書の研究略史はすごい構成になっている。一般に学術的な論文の場合は第一章に自分が扱う学問体系の史料批判箇所と研究略史を持ってきて、入れるのがオーソドックスなのだが、その手法に則ったお手本のような構成。
 うーん。……なのだが、中身が難しいので、無知なわたしにとっては到底理解及ばず、ななめ読みで終わる類の本である(ゴメンナサイ)。しかもあとで全く覚えていないパターンになりそう。こういった本を読みこなせる人たちには尊敬の一言しかあるまい。もともとの教養的な下地が備わっている人たちにはかなわない。
 後半の印象派の話などは楽しく読めたが、ちゃんと正直に申し上げて、じゃあ、そこなら理解しているかと問われれば否である(道近からずや)。しかし真面目に美術史を学ぼうという人は(わたしも含めてだが、このブログ読む人にいるのかな?)、こういった本を丹念に調べ上げながら読み込むことが大事であろう。落ちこぼれのわたしが言うのもなんだが、きっと学校の先生もそう言うはずである(笑)。
 一方のアーノルドの『美術史』。これはわたしの扱うこのブログの目線に少しだけ近い(アルテの本と比べればのはなしである。後半のカント哲学とからめた下りなどはやはり侮れない)。岩波書店刊行である。
 この書の中では、「様式論」だけに視点を向けすぎるのは危険であると言っている。これは十九世紀からの「様式論」がとてもすごい視点、発見で、後続の方々がみな模倣のように同じ研究方法を何十年もやってきて、マンネリズムになったことからの警鐘と一般人のわたしなどは感じ取っている。まあ取り方は人それぞれである。加えれば、先のアルテの著書よりも、若干新しいかなと巻末のリファレンスを辿って思った。
 テレビゲームのキャラクターとモナリザを同一見解で述べたり、わたしの好きな画家コンスタブルの自然風景画と商業美術の融合についてのサンプルなどは面白く読めたと思う。コンスタブルのこれと類似するものは、このブログでもミュシャの回のときに例えている。近代的な資本主義と広告デザイン(ポスターやパッケージ)の関係は十九世紀の大きな躍進である。資本主義の登場で芸術の世界もがらりと様変わりしたことは、少なからずや影響しているはず。
 ほかにも本書は技術的な側面や材料(画材や鉱石)についての話も扱っている。さらには一段低く扱われがちな写真や現代アート、グラフィックスなども差別せずに同等の評価で観察してくれているところも嬉しい限りだ(すごく大昔の美術の本にありがちだった差異を克服している)。構成的には、俯瞰した内容を掘り下げる形で美術史を提示してくれるので読みやすかったと言える。ただしものすごく真面目な人は前者のアルテにした方が良い。たまたまわたしのカラーとあったと言うまでのことである。
  次は学術から少し距離を置いて、柔らかい発想で美術を考えたいという方にお薦め。『美学への招待』(中公新書刊)だ。この本を買った理由は簡単、池上氏の名著『記号論への招待』とタイトルが似ていて面白そうだったからだ(すみません。わたしはそんなもんです)。
 しかし中身はもっと柔らかく、美術や芸術をどのような視点で探るかやファインアート、現代アートなど、私たちがアートって何? と首を傾げそうな内容のものまで教えてくれるという内容である。芸術を何を持って芸術かと定義する方法を養う目を育成するための本というとわかり易いかもしれない。あくまで視点は美学であり、美術史と隣接分野であるがやはりそこは審美性を重視していると思って良い。楽しく肩のこらない内容と、身の回りにある例えから教えてくれるのがこの本の特徴である。
 美術の本ではないのだが、ヨーロッパの歴史を扱う場合に多くの人たちが挙げておくものを一冊ご紹介。『ヨーロッパとは何か』(岩波新書刊)である。端的に、とても端折るとヨーロッパは三つの要素が常に絡み合う文化であるというものだ。例えば民族は、スラブ・アングロサクソン=ゲルマン・ラテンであり、宗教はそれにほぼ重なるように正教・新教・旧教である。おまけに言語もこれに被さるようにスラブ・ゲルマン・ロマンスみたいなお話を例えなどを交えながら教えてくれる素晴らしい本である。ヨーロッパの文化はこの三要素のうえに成り立っており、文学や芸術はその発展系に値するのである。ロマン主義などの十九世紀の芸術潮流を学びたいならこれお薦めである。直接的な知識にはならないが、この事を知っているのといないのでは話の厚みが変わってくる。わたしの生涯の本に加えられる一冊である。
 さて今回はルノアールもモネもちっとも出てこない回となった。絵画ファンの期待を裏切ったと思われては困るので、ちゃんと最後に図録という出版物の説明をしてから幕引きといこう。
 手元にすぐ出たので二冊の図録がある。この二冊を見ながら文章を綴ることにした。前提として、「図録」ってなんだ? という人もいるかも知れないので、そこから行こう。美術館の特別展に行くと出口や入口にあるミュージアムショップで、その特別展の展示物を一覧で、写真付きで載せている二千ー三千円ほどの分厚い本を売っているあれである(規模の大きな展覧会は、薄くて安価な簡易図録を売る場合もある。わたしごときはそういうのでおおよそ十分である)。それが図録だ。わたしも毎回買うわけではない。結構な大きさなので増えると置き場に困るからだ。その二冊は、二〇〇六年のポーラ美術館(箱根)の『ピカソ 5つのテーマ』図録と二〇〇七年開催の新国立美術館特別展『大回顧展 モネ 印象派の巨匠、その遺産』だ。選択にまったく意図はなく、たまたま手に届く場所に刺さっていたため取ったまでである。
 この二冊、同じ図録でも意味が異なる。前者は美術館主催の自前の所蔵品をまとめて選び直して展示する美術館が開催主の特別展の図録である。対して後者は収集展、巡回展、つまりフランスや諸外国の有名な美術館から期限付きで作品をお借りして収集展示、日本の美術館で一堂に会して展示をする展覧会。採算の関係や地方の文化的ニーズなども含めて、折角なので各地を回らせようとしたものが巡回展となる。どちらも常設展に対して、滅多にないお蔵出しや所蔵作品ではない借り物作品の展示なので特別展ということになる。作品を借りる期限もあるので、その長さによって何カ所回るのかや途中での入れ替え展示なども変わってくる。(ちなみにこのモネ展は東京だけでした。巡回はしていません)どちらも画家本人のファンにとっては楽しみな展覧会だ。
 このように美術館をめぐる楽しみには、歴史や芸術の勉強の他に、美術館自身の社会的な役割や機能を理解するという多面的な知識に出逢うことの出来る楽しみもある。その一端は美術史の概説書や図録などを通しても垣間見えるということになる。こうした美術の本たちを羅針盤にして、次回からは書物の評論や解説を通しての絵画鑑賞や知識確認と洒落込もうではないか。案内役がわたしと言うことだけが唯一の心配の種だが、そこは笑顔と愛嬌で許してもらいたい(笑)。

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9 美術館めぐり Appreciate pictures in Art Museums / A very beginning of the europian art-history.  西洋美術史(絵画史)ことはじめ―その1 書籍案内① [ミュージアム 美術史]

 今回から画家についての「人となり」を時代と一緒に鑑みていきたい。そのため私が基礎資料とする底本や文献を先に列挙する。読者と知識の共有を図れればという準備のためその序章として、書籍などを提示してみようと思う。こんな初歩的なことは知っているという方は、スキップしていただき(できれば専門的なブログに行くことをおすすめする)、ごく一般の方々の教養としての学習、調査のレベルとしての内容に、ご賛同願える方々を中心に話を進めたい。知識欲に長けている方々、ゴメンナサイ(ご期待にこたえられるように精進はしているつもり・笑)。
 これに先立って言っておく。わたしは本好きである。知り合いなら、「知ってるよ。わざわざここで言うな」という言葉が返ってきそうだ。今回は、その読書遍歴(わたしの場合は「偏歴」・偏っているので)から絵画史の書籍を考えてみようと思う。つまりは、簡単な「文献解題」としての役目、美術館をめぐるうえで役に立つと考えての主題だ。なんか久々に生涯学習インストラクターとして、まともなブログにたどり着いたような気がする(笑)。
 わたしが絵画を理解するうえで、何度も読み返した記事や文献の著者、研究者やキュレーターは三人挙げるとすれば、高階秀爾、馬淵明子、千足伸行の各氏。これら三名の記事や著書を拝読したことが多い。五本指で挙げろと言えば、そこに島田紀夫、高橋裕子の両氏が入れられると思う。
 専門的に仕事にしているわけではなく、どちらかと言えば趣味に近いので、誰がどの記事を書いたなどを詳しく事細かに覚えてはいないが、リファレンスや索引を辿った記事を調べると、いつもこの先生方の名前にたどり着いたため、自然にお名前を覚えてしまったというのが本当のところだ。実際の諸先生方の本当のご専門までは知らない。名前を覚えたきっかけは様々で、著書である書籍(概説書が多い)はもちろんのこと、それは美術百科事典だったり、分冊百科だったり、図録やカタログだったり、『BT』関連だったり、美術館トークショーだったり、檀ふみさんやハナさんのころの「新日曜美術館」だったり(一部昔の「日曜美術館」だったり)、民放の美術番組等の時もあった。
 おそらくこの五人の大先生が著されている概説書や一般向けの入門書に目を通しておけば、最近の話題から基本事項である美術史の話まで易しく、しっかりと理解出来るのではないかと個人的には思っている。とりわけわたしが気に入っているのは高階先生の新書本サイズである『近代絵画史』の上下巻だ。真面目で堅い内容だが、文章はやわらかく、淡々と語りかけるようにお書きになる文体が好きである。しかも近代に絞ってくれているので、作品にも当たりやすい。印象派や新古典、ロマン派、世紀末美術などをしっかりとした時代ごとに分類しながら解説してくれているので、読書時間は、まるで講義を受けているような感じがした。購入代金以上の何かを得られた気分になった書籍だった(あくまで個人の感想である)。こういう瞬間、向き不向きで言えば、「ああ自分は黒板前で教えるより、書棚のある空間で学び調べたい人なんだな」と思うのである。
 さて書籍で一般的なものをお探しという方には文献探しのための二次文献(?)である『楽しい美術本ガイド』(美術手帖編集部編)と、体裁の整った概説書である『(カラー版)西洋美術史』(高階秀爾監修)がおすすめである。これらはおおよそ多くの図書館にも入っているし、古書店や新刊書店でも入手しやすいものだったと記憶している。
 これらの本による影響は大きい。私は大雑把な美術史の流れと作品、画家しか頭に入っていないが、それでもこうした概説書や入門書のおかげで美術館に足を運ぶのが楽しくなったのは間違いない。もちろん、あくまでこれは私個人の感想であり、一例にすぎず、ほかにもたくさんのいい本があることは言うまでもない。
 次回は書籍案内の第二回を予定しているが、そのあと第三回からは、せっかく書籍案内を軸にした視点なので、それぞれの本が同じ作品をどのような観点で見ているのかという比較考察を軸にしたご紹介の仕方で本編を進めてみたいと考えている。楽しくなればいいなというのが本音である。

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一般的な美術史の概説書
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8 美術館めぐり Appreciate pictures in Art Museums わたし「も」お気に入りの場所-国立西洋美術館の学習活動と散歩 [ミュージアム]

 とてもご無沙汰な更新である。もうこのブログの存在すら覚えていない人が多いのではないだろうか?
 さて、学生時代、暇はあってもお金がないという時にちょくちょくお邪魔したのが上野のお山(いまもお金がないのは変わらないのだが・笑)。今回の美術館訪問のしおりの舞台はいまホットな場所だ。
 しかもそれは駅の公園口からすぐのところにある。交通至便だ。そう国立西洋美術館である。今は言わずと知れた「世界遺産」、巨匠建築家ル・コルビュジエの作品の一つとして登録された由緒ある建物だ。わたしが社会に出て、書店めぐりの仕事で初めて売り歩いた本もル・コルビュジエ。なにかとご縁のあるお方だ(笑)。登録については、全くもってめでたい話だ。ほとぼりもほどほどになった頃を見計らって、わたしがここで扱うことにした。
 なぜ安価で入場できるかというと、常設展だからだ。2016年現在、四百三十円にて入場できる。しかし常設展といってもここの美術館の常設展は、ひと味違う。特別展並みの名作揃いなのだ。ひもとけば当たり前だと言われそうだが、かの「松方コレクション」をベースにしていたので印象派の作品、特にモネの作品の充実が目を惹く。
 コレクションの主、松方幸三郎(1865-1950)は印象派の画家たちから信頼された日本人収集家だった。ちなみに総理大臣の三男というお坊ちゃまだ。ただし、松方は単なる収集家ではなく、美術館構想を抱いた収集活動を目的としていた。日本にいる美術を志す若者に、本物の西欧美術を見せたいという大きな夢を抱いていた。イギリス人画家のブラングイン(1867-1956)の協力をもとに西欧の美術品を収集し、共楽美術館という美術館を麻布につくる構想を持っていた。すでに土地も購入済みだったと聞く。昭和恐慌による会社の経営不振のため断念、イギリスの倉庫の品は紛失、フランスの倉庫のものが、リュクサンブール美術館のベネディット館長のおかげで戦火を免れた。その後敵国条項により、フランス政府の所有となるが、フランス政府の日仏友好のあかしとして、戦後日本に戻されたのである。
 特にモネは日本通と言うこともあるのだろうが、松方が自分のコレクションを揃えるためにモネのもとを訪れた際に、とても彼を気に入って、売るつもりではなかった作品の数々を出してきてくれて、譲ってくれたというエピソードまで残っている。それくらいに信頼に満ちた関係だったようだ。
 ところでタイトルに『わたし「も」…』としたのにはこだわりがある。理由は単純で、もし『わたしの…』だったなら、自分だけのように思えるからだ。みんなの美術館なので「も」である。ワン・オブ・ゼムのわたしなのだ。
 ご存じのかたも多いのだろうが、この美術館は当初、でんでんむし方式に、どんどん廻廊部分を外に増やしていける渦巻き型の設計だった。理論上、永遠に外側に拡張、延伸が可能になっていた。実際には、東京の土地の諸事情もあるので、無限に増やすことは出来ないが……。その中心のコア部分の入口が常設展の入口になっている。だから建物のほぼ中央部分に入場口がある(渦巻きの中心部だ)。そして、展示室である廻廊部分がある二階へはその入口から、つづら折りのスロープを登るようになっていた(下部写真参照)。
 展示室はほぼ三つに分かれ、十八世紀ごろまでの屋上採光窓を持つ円周部分の展示室と、その隣自動ドアを抜けて渡り廊下部分を抜けた十九世紀の部屋、そしてその横にあるモネの部屋を抜けた十九世紀の作品のあまりと近現代辺りに分けられている(ただし時々展示内容を変えることもあるので、必ずしもではない)。
 常設展示室内の作品撮影は自由。ただし、ストロボ、フラッシュはダメ。また数ある作品の中で六作だけは撮影禁止。覚えているのは、たしかモネ、ゴーギャン、あとフェルメールの作品ではないかと検証中の作品などが含まれていたはず。作品タイトルのところにカメラマークに赤い×マークがあるものが撮影禁止である。すぐ分かる。撮影した写真や画像は商業利用でなければネットなどにアップが許されている。したがって趣味の学習案内である本サイトでも使用が可能となる。
 ありがたいのは、印象派で言えば、ルノアールの技法の代名詞でもある「真珠色」を使った『帽子の女(下部写真参照)』は撮影OKだし、この技法の絵画をまぢかで見られるなどまたとない機会だ。この白のグラデーションによる筆づかいの応用で、紅とピンクで活かされているのが一つお隣に飾られている『ばら(下部写真参照)』の花弁の描き方である。点描から発展した、なでるような重ね塗りに至ったルノアールはグラデーションで質感を追求した。それが白と灰色を使うと「真珠色」技法となる。美しい魔法のような技法だ。シルクの質感を描かせたら右に出る者はいないといわれ、ルノアールを大家として世に知らしめた技法だ。
 世紀末美術や現代のコーナーにはキュビズムの形状感を味わえるブラックの『静物(下部写真参照)』もある。この部屋で美術に造詣が浅い人でも愉しめる大型サイズのピカソ『男と女(下部写真参照)』は人気だ。
 再度になるが、これらももちろん撮影OKで、同様に個人利用のブログでの使用も許されている。そこで不肖ワタクシの撮影で下に掲出しておくので、遠方の方はこの美術館の美しい所蔵品を楽しんでいただきたい。撮影は下手だが、絵画そのものは素晴らしい作品であるからぜひ味わってほしい。
 加えて続けよう。ポール・ランソンの『ジギタリス(下部写真参照)』が面白い。ナビ派に属している画家なのに、アールヌーヴォーに惹かれた作品を手掛けている。同じナビ派のボナールの『坐る娘と兎(下部写真参照)』は世紀末美術特有のけだるさが色づかいにまで表れているのが興味深い。どことなく竹久夢二っぽいのにも時代を感じる。そして有名どころのゴーギャンは『海辺に立つブルターニュの少女たち(下部写真参照)』なども見どころである。おなじみの黄色と褐色のべた塗りが活かされている部分もある。セザンヌの一連の風景画も味のある作品が並んでいる。
 先に述べたようにモネだけは一室設けられるほど充実した作品群が展示されている。とりわけ入場券のデザインにもされている『舟遊び(下部写真参照)』と彼の代表作『睡蓮(下部写真参照)』は外せない。他にも『しゃくやくの花園』、『ウォータールー橋、ロンドン(下部写真参照)』も印象派ならではの、やわらかなパステル調の明るい筆致が見られる秀逸な作品である。
 本来ならここまで説明していると彫刻分野のロダンも説明できるといいのだが、彫刻に関する知識はゼロなのだ。当方美大を出ているわけではないので、あくまで趣味の絵画鑑賞である。申し訳ない。こちらが説明してほしいくらいの話だ。
 ただ卑下してばかりでもなく、振り返ってみれば、最近は年に一、二度ほどの訪問になってしまっているが、四半世紀を超えて通い続けている国立西洋美術館の常設展示室について、素人知識とはいえ、そこそこ説明ができるほどの知識になっていることに本人が驚いている。やはり部分的には「習うより慣れろ」という慣用句も辞書の言葉通り「直接体験していくほうが身につく場合もある」ということなのだろう(むろん自分レベルの話だ)。これが、十代の終わりから二十代のころにヨーロッパの歴史や文学を学ぶ上で少なからず役に立ったのだろうと自分では感じている。とりわけ歴史では近代の社会の雰囲気や時代観のニュアンスをつかむのにとても役立った気がする。
 そんなわけで今回は学習施設として、なによりお気に入りの場所のひとつとして、国立西洋美術館についての「美術館訪問の遠足しおり」をお届けした。ぜひこの機会に訪問してみてはいかがだろう。世界遺産を都内で味わえるまたとない機会だ。


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国立西洋美術館入り口
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高天井の中央部つづら折りのスロープ
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モネ『舟遊び』
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モネ『睡蓮』
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モネ『ウォータールー橋、ロンドン』
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ゴーギャン『海辺にたつブルターニュの少女たち』
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ルノアール『帽子の女』
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ルノアール『ばら』
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ブラック『静物』
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ピカソ『男と女』
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ポール・ランソン『ジギタリス』
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ボナール『坐る娘と兎』
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ロダン『考える人』

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7 美術館めぐり(のこぼれ話)自然風景画の19世紀 Appreciate pictures in Art Museums(on a extra topic) [ミュージアム]

 コロー、テオドール・ルソー、コンスタブルという、それぞれ美術史上で新古典主義、写実主義、ロマン主義に振り分けられる画家がいた。ここの三者は今日の私の目から見るとほぼ同じグループに属するような作品を描いている。風景画だ。印象派の登場する以前の濃厚な画面が特徴的だ。正直、みな時代もほぼ同じで、おそらく使っている道具などもさほど違いが無かったのではないだろうか。そのせいなのか、トーンと色合いがほぼ一緒に見える。唯一違うとすれば、コンスタブルはイギリスの風景画なので、建物などを良く注意してみると違いが分かる。
『モルトフォンテーヌの想い出(1864)』、『アプルモンの樫、フォンテーヌブローの森(1852)』、『主教の庭から見たソールズベリ大聖堂(1823)』がそれぞれの代表作である。
 手短にコローを述べれば、ダヴィンチの『モナ-リザ(1503ー6年頃)』へのオマージュ(?)ともいえる『真珠の女』が有名であるが、風景画の腕も評価が高い。彼の風景画は「銀灰色」という独特の色を使うことでファンの間では評価されているようだ。そして新古典主義の画家らしく、風景の中にいる人物たちもぴたりと止まったようにポーズをとって描かれているのが面白い。また『モルトフォンテーヌの思い出』は皇帝ナポレオンのお気に入りとなり、彼自らが購入したことでも知られている。
 テオドール・ルソーは、ミレーなども属していた画家集団バルビゾン派のひとりである。当然、森の中の田舎の風景を得意としているし、政治的為政者とは無縁の生活を送っている。のんびりと自然の中で絵筆を動かした画家である。
 最後のコンスタブルは、ターナーと並び英国のロマン主義時代の代表格となる画家である。ターナーのような激しさがないところが、彼の持ち味だ。多くの本には「牧歌的」という代名詞をもらっている自然派の風景画家である。とりわけ本作品のほかにも、『干草車』が代表作にされることが多い。私の好きな一枚である。そして「お気に入りのロマン主義の画家一人を挙げよ」と言われたら、迷わずコンスタブルを挙げる。
 特に先にあげた『主教の庭から見たソールズベリ大聖堂』は、これから約半世紀強後に来るアールヌーヴォー様式のように、メインの対象である建物の周りをアーチ状に緑の木々が囲い込んでいる構図が気に入っている一枚だ。
 19世紀以前、風景画に関する美術アカデミーでの評価は、印象派の作品ほどではないが、低い扱いであった。そのため一つのジャンルとして確立したのは近代に入ってからといわれる。それ以前、宗教画の名を借りて制作される風景画まがいの絵もあれば、肖像画の背景にわざわざ風景らしきものをアクセントで入れるという手法を用いた画家も多い。いずれにしても風景画というジャンルは、完全にとは言えないが、この時代にようやく単独で見られるようになった。
 その理由は私の知る限りでは二つある(ほかにもきっとあるはずなのだが、まだそう言ったお話とは出逢っていない)。一つはクロード・ロランに見られるようなアルカディア様式のような理想郷を描いた絵画に帰するもの。もうひとつは空気遠近法の発明による技術的なところからの起因である。
 繰り返すとアルカディア様式はその名のごとく、理想郷を描いた絵である。その昔ギリシアのペロポンネソス半島に存在した、どこからも支配を受けずに牧歌的な生活を営んでいた地域がアルカディア地方だ。その理想郷を説明、描くには風景が必需的であった。ただし、今日で言う風景画とはちがい、多くの人物が描かれている。つまり現在の私たちがいうような風景と言うよりも、シーン、光景と呼ぶような世界だ。
 一方の空気遠近法の発明は、有名どころではダヴィンチの名画『モナ-リザ』にすでに使われている。つまりルネサンス時代と言うことだ。線遠近法と並び、風景を描く時の二大要素とされている空気遠近法について、両者を比較しながら簡単な説明を入れておく。
 消失点に向かって徐々に線が向かい、重なっていく描き方を線遠近法と呼ぶ。要は一般的な斜めに奥行きを描いていき、全てが終いには同じ消失点にいたるもので、一般に「遠近法」と言われているのはこちらを指す場合が多い。これが無いと中世以前の絵のように、距離感のない大きな人物や手前に描かれているのにこびとのような人物が描かれることになる。
 もうひとつの空気遠近法の主役は色である。大気の中で遠方を見たとき、遠くの山々ほど、霞んで水色や青に見えて、距離が遠いほど空の色になじんでいる。空気による視界の妨げを色で表現することにより距離感を出すというのが、その名の由来である。既述のようにダヴィンチの時代にはすでに使われ始めている。『モナーリザ』の肩下の背景には青みがかった遠景が描かれている。それが空気遠近法を使った風景だというのが、一般的なお話である。
 こういった二つの手法の登場に加えて、十九世紀の自然回帰の思想観が後押しして、風景画というジャンルは一気に広まっていく。そこにはアルピニズムやロマン主義の流れに牽引された自然風景画という、山岳や海洋の自然風景が描かれている。そして先の三人に代表されるような風景画の時代へと至るのである。日本の花鳥風月とは少々趣の異なる世界観であり、小さな冒険心や好奇心から欲した自然へのアプローチであると伝える書物が多い。それが徐々に身の回りの自然観へと変化して、フォンテーヌブロー派やコンスタブルのような牧歌的風景画を生むことになるのである。
 その後の風景画の爆発的な広まりはここで説明するまでもない。絵画といえば風景画を想像する人も多いというのが、今日の私たちである。欧州、十八世紀以前のような宗教画や神話を題材にするものが正当で、あとは価値がないと言う人も今はほとんどいないだろう。さらに印象派の時代に入ると、シスレーやシニャックといった町の風景を題材にするものも多くなる。こうして風景画は現代の私たちの生活の一部に寄り添ってきたのである。
 それにしてもコンスタブルの『干し草車』やアルピニズムの絵を見ると映画『サウンド・オブ・ミュージック』でジュリー・アンドリュースが丘の上で、『ドレミの歌』を歌ってギターを弾くシーンを思い浮かべるのは私だけであろうか?

コンスタブル『干し草車』
http://www.salvastyle.com/menu_romantic/constable_wain.html


コロー『真珠の女』
http://www.salvastyle.com/menu_realism/corot_pearl.html
『モルトフォンテーヌの想い出』
http://www.salvastyle.com/menu_realism/corot_mortefontaine.html

ダ・ヴィンチ『モナ-リザ』
http://www.salvastyle.com/menu_renaissance/davinci_monalisa.html

テオドール・ルソーの作品
http://art.xtone.jp/artist/archives/theodore-rousseau.html

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6 美術館めぐり(のこぼれ話)ロートレックとミュシャ Appreciate pictures in Art Museums(on a extra topic) [ミュージアム]

 十九世紀のフランスでは近代の商業芸術ポスターの文化が開花した言われている。「ポスターの父」と異名を取るシェレやボナールによるシャンパンや飲食店のポスターは都市の華やかさを見事にあらわしている。しかしなんと言っても、ポスターを芸術域へと牽引したのは、ロートレックとミュシャではないかと私は考えている。
 都市文化の牽引役としてのロートレック。都市だからこそ自然回帰なのか、自然の素材をモチーフにしたアール・ヌーヴォー様式を取り入れたミュシャ。両者ともに看板女優を描いた作品、しかもそれが出世作である。同じ頃に、ステージ上の女優を描いた出世作を持つ両者の当時の時代背景といきさつ、そして作品を順に見ていくことにしよう(最初から本題に入った。めずらしい)。
 印象派の華々しい光分析の絵画は、行き着くところまで行き、画壇の潮流は心の内面をあからさまにする心理描写へと向かっていた時代だ。表現主義、象徴主義といった芸術思想の画家たちの作品がそれである。主題としては少々暗雲の立ちこめる世界観だ。憂鬱や堕落、苦悩を主題にしたムンク、クリムトなどの教訓めいた世界観は絵画の主題をルネサンス以前のものに求めたようにさえも思える。わかりやすく言えば「暗い」内容だ。
 ところが一方で、当時のパリの芸術家たち、すなわちナダール、ドーミエ、既述のシェレ、ボナールなどは石版を使った多色刷りのポスターで商業芸術の世界を作り上げていた。当時の画壇の方向とは全く違った世界がそこには存在している。これが対照的で面白いのだ。華やかなショー・ビジネスや科学と資本主義経済、技術面では日本の木版画の制作方法を分析するといった様々な理由に裏打ちされた明るい主題がそこにはあった。巷ではこの頃からフランスの人たちは日本の芸術を分析、愛好する傾向が出たと良く聞く。その流れが日本のアニメーション文化にいち早く飛びついた国民性と自らが関連づけをしているフランス人も多い(とジャパンフェスなどのニュースで紹介される事が多い。信憑性はわからない)。
 もちろん彼らはポスター制作者であるとともに画家でもあったので、当時の潮流である象徴主義的な作品にも触れているし、それに染まった作品も描いているはずだ。ところが時代のニーズとして生まれてきたポスター芸術は、今日、「近代ポスター芸術」というひとつのジャンルとして存在感を際立たせている。しかも彼らの功績を称えて、ほとんどの美術史の書物にもその名を残している。
 では冒頭で述べたロートレックとミュシャの二作品、『ムーラン・ルージュ』と『ジスモンダ』についての作品所感をしてみよう。
 ロートレックの『ムーラン・ルージュ』のポスターが生まれたのは偶然の産物のように述べられている本が多い。ロートレックは石版画を四百点、うちポスターを三十一点残したという。その始まりとなったのが、1891年というから日本では明治時代のことだ。かねてよりシェレが制作した前作から二年の月日が経っていることもあって、酒場の常連でもあったロートレックに支配人のジドレールは新作ポスターを依頼した。
 現在のこの作品の評価は技術面で幾つかの特徴が挙げられている。例えば、多色刷りとは言ってもつかえる色はそれほど多くない。そこで、手前に黒つぶれの箇所を故意につくり、人影を額縁の窓のように使って、中央でダンスする当時の看板女優であり踊り子のラ・グリュに目線がいくように際立たせる効果を出しているというのだ(この陰の部分が斜めに覆い被さっているのでしばしば対角線の構図ともいわれている)。ここから躍動感ある白抜きの女優が、主役として浮かび上がるさまを見事に表現していると言われる(この辺りはA・ヴェイユ『ポスターの歴史』などを参考にするとよく分かる)。
 その根底にある要因として、ロートレックがモンマルトルという異質な土地柄の雰囲気を持つ歓楽街を長年かっぽしていた経験に寄るところも大きいという。彼は酒場ムーラン・ルージュが出来る前はエリゼー・モンマルトル、ムーラン・ド・ラ・ギャレット、シャ・ノアールといった酒場の常連になってハシゴしていた経緯があるからだ。そこにはシェレという酒場のポスターを描かせたら超一流の先輩の作品が並んでいた。ステージを観察、鑑賞し、店の構造や踊り子の日常などを肌で感じた生活と一緒に、シェレなどのポスターを当然目にしていたと考えられる。彼のクリエーターとしての蓄えの中にはこれら全てが宿っていたと言えるはずだ。大人の社交場を熟知していたボヘミアン生活の芸術家がロートレックなのである。
 ではもう一方のミュシャである。チェコスロバキアからパリへとやってきた貧乏芸術家のミュシャは、ロートレックの幸運なポスター依頼の時と同様に、女優サラ・ベルナールのポスター制作依頼を本人から直接受ける。彼女がそれまでの劇場演目のポスターに満足していなかったためである。その時ミュシャが制作したものが『ジスモンダ』である。1894年のことで、ロートレックに遅れること三年で成功した。それ以後彼女の劇場用のポスターを六年にわたって引き受けることになり、一夜にしてミュシャの名はパリ中に響き渡った。
 ミュシャの作品の特徴もまた画面を囲い込むような手法である(『ジスモンダ』や『椿姫』のときはこの特徴は出ていないのだが)。彼の場合は、女性の髪と若葉、植物の蔓などで縁取りをするというアール・ヌーヴォー様式特有のやり方をポスターにも持ち込んだ。アール・ヌーヴォーはイラストの古典主義と称するひともいるように、曲線美、月桂冠、ハープ、古典古代のアイテム満載で美の基本が美しく踏襲された様式だ。ミュシャの先輩であるグラッセの『マルケのインク』を見ていただくとわかりやすい。
 前回のボッティチェリと並び私の考える美の基本形が、このミュシャをはじめとするアール・ヌーヴォーの画家たちの描く女性像にもある。このテイストは『ジスモンダ』にも見られ、細やかな線を基調とするイラストのような味わいが、ローマ・ビザンツ風の衣装を纏った女優にぴったりマッチした風貌で描かれている。
 劇の中身について、詳しくは知らないが、アテネの十五世紀あたりが舞台のようだ。「シュロの日曜日」というキリスト教のお祭りの折に、宣言する場面を描いているのだという。
 信憑性は疑われているが、貧困時代のミュシャが働いていた印刷所に、電話で版画の注文をしてきたサラの要望に応えるかたちで下絵を書き、それが彼女のお眼鏡に適ったというのがお決まりのストーリーらしい。その事実には眉唾ものと書いている本も多い。
 いずれにしてもその後の『椿姫』等を見ても、彼の作るサラ・ベルナールのイメージは、彼女本人のステージとはまた違ったポスターのデザインが持つ独特の世界観を放ち印象づけている。おかげで一夜にして彼は大作家の仲間入りをしたのである。
 また彼は石けんやお菓子のパッケージなどのイラストも描いており、パッケージ・デザインという近代の新しい商業の形をより時代性を通じて進歩させた。むき出しに近い状態で売っていた商品が、デザインという付加価値を纏って消費者の目に届く。そこで、同じ商品を生産している企業にとっては、特徴付けや付加価値を持って、ライバルを出し抜き、自社製品を世にアピールする競争の時代が始まったと言える。近代経済活動、特に広告や宣伝の手法の変化がここに見られる。
 この両者の活躍時期は既述の通りほぼ同時代である。華やかな都市文化を支えたポスター芸術はやはり芸術の都パリで開花し始めたといえる。多くの画家たちが、作品のモチーフや主題を内面に探し求める中、ポスター芸術は市井で刹那的に見えるかも知れないが、そんな暗い世相の中で、明るさや逃げ場を求めて集まった庶民たちの健全なよりどころだったのかも知れない。…と私は勝手にまとめてみたが、この言葉になんの根拠もない(笑)。
 それでロートレックであるが、日本では三菱地所ならぬ三菱1号館美術館を見にいこう! というキャッチでいかがだろう? わりとまとまって見られるようである。ただ残念ながらウェブでざっと目録を見た限りでは『ムーラン・ルージュ』の名前は見当たらなかった。その代わり、これと双璧をなす有名どころの『ディヴァン・ジャポネ』は鑑賞できるようである。一方のミュシャは、堺アルフォンス・ミュシャ館というのが、大阪にあるようだ。ここでわりと、まとまって見ることが出来るらしい。両者とも私は訪問したことはない。ただし、ポスター自体は特別展などで何度か目にしたことはある。絵画と違って、作成枚数が多いこともあるため、比較的当たりやすい。どの作品なのかは知らないが、東京都町田市にある版画の美術館や国立西洋美術館にも何点か所蔵品があるようだ。
 書きためていたふたつ、つまりボッティチェリの話とポスターの話を使い切った。したがってしばらくは更新できないと思う。まあ近代絵画という意味では、予告通りの内容を出せたことになる。時代としては後期印象派と同時代のロートレックやミュシャである。つぎはもうひとつロマン派の時代を出せると良いのだが、気まぐれな性分なので、その前に出来の良いネタが出てきたら先に出すかも知れないし、当分はなにも出せないかも知れない。あしからず。

ロートレックの諸作品
http://www.salvastyle.com/menu_symbolism/lautrec.html
ミュシャ『ジスモンダ』
http://www.salvastyle.com/menu_symbolism/mucha_gismonda.html
    『椿姫』
http://www.salvastyle.com/menu_symbolism/mucha_camelias.html

三菱1号館美術館 http://mimt.jp/
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5 美術館めぐり(のこぼれ話)ボッティチェリ Appreciate pictures in Art Museums(on a extra topic) [ミュージアム]

 サブブログとしてやっているこっちの美術館めぐりのブログ、奇っ怪な現象と思える動向が見えた。最近、メインのギャラリーのブログより訪問者が遙かに多くなっているのが不思議なのだ。この手の内容のブログは少ないのだろうか? そんなことは無いと思うのだが…。述べている本人が言うのもなんなのだが、もっとまともな絵画鑑賞の手ほどきを示したサイトやブログは沢山あるはずなので、そちらを参考にしてから、軽い気持ちでこちらに来ていただきたい。このブログは半分遊び感覚であるから、その程度の扱いがちょうど良い。
 それでも良いという人々を中心に始めたい。では趣味として美術館散策をするのための、少し真面目な遊びの絵画の鑑賞法を一緒に見ていきたい(前置き長くなった)。
 ルネサンス時代は守備範囲ではない。ただボッティチェリの『ヴィーナス誕生』と『プリマヴェーラ』は大好きなので、ただそれだけの理由で今回は取り上げた。「わらわばわらえ」と内輪のひとには言っておこう。
 まずどちらもウフィッツィ美術館所蔵の絵画だ。あのメディチ家所有のコレクションをフィレンツェに留めるためにと設立されたとも言われている著名な美術館である。かのルーブルやオルセー、テートギャラリー、メトロポリタンにも引けを取らない有名どころである。
 どちらの絵画も神話をもとに制作された由緒正しきルネサンス様式の絵画である。とりわけ私は『プリマヴェーラ』が好きである。この作品を見たことがない人は下部のリンクから一旦絵画を確認してもらいたい。さらに別窓で開くなどするとなお良い。お手元に本などをお持ちのかたは開きながら、この文章を読んで欲しい。構図の説明、解釈に入るからだ。
 この絵は物語として描かれている。バロックの辺りまではそういった隠し味やメタファなどがあり、現代の各国の偉い先生たちが論じてくれた解読法がある。そこではしっかりと読み方を教えてくれるので、できる限り覚えておきたい。
 一般的に多くの本にもこの解釈が無難であると言って載っているのが、これから私が説明するものだ。登場人物はキューピッドを除いて七人(七柱)である。ここで「おや?」と思ったかたは慌てないで欲しい。一人二役の神が潜んでいるからだ。
 この絵画は春の訪れを表現したものである。もっと言うと具現的に説明したものである。まず一番右にいる顔色大丈夫か、と言われそうな人物が描かれているが、ご安心あれ。これは春の若葉やみどりを象徴しているからこの色なのかも知れないが、ゼフィロスと言う西風の神さまである。この温かい風である神さまによって、冷気は吹き飛び、地中に埋もれていた妖精のクロ―リスが目を覚ます。ちょうどゼフィロスに抱きかかえられるように目覚めているのがクロ―リスだ。つまり植物の発芽などをイメージすると良い。
 目を覚まして西風ゼフィロスのお嫁さんになったクロ―リスは、妖精から女神へと昇格する。つまりこの二人に描かれている女神は同一人物の二柱なのである。そして名前を変えて、フローラとするのである。そう、おなじみの花と春の女神フローラである。息吹いて発芽したものが花を咲かせたというプロセスを表現していると考える。その証拠にこの絵の女神フローラはバラの花をあちらこちらに振りまいて、咲かせているのである。つまり春を届けている姿が描かれているのだ。お召し物も白地に花柄で、シンプルながら麗しい。花冠もステキだ。
 女神フローラの誕生によって春が訪れ、他の女神たちもやってくる。中央で一段格上に描かれている女神はヴィーナスである。そう愛と美、豊穣の女神だ。この女神の後方にはミルトスの葉が描かれていることからそれが解釈できるそうだ。この絵に描かれているヴィーナスはお召し物を纏っているところから通称「着衣のヴィーナス」と呼ばれている。
 さてその隣三柱の女神が描かれている。これは三美神、スリー・グレイシスという女神たちだ。こちらに関してはまだ諸説解釈があるようで、一般的な解釈では、美の女神、貞潔の女神、愛の女神と考えられている。他にもかがやき、喜び、満開をあらわすという見方もあるそうだ。魅力、美貌、想像力という人もいるようで、どれが的確かは分からないし、自分が気に入ったものを選ぶのがよろしいかと思う。
 一番左で、興味なさそうにミカン狩りをしているのはメルクリウス(マーキュリー)である。実はこの神は商売繁盛の神でもある。と言うことは、彼がメディチ家の象徴であるミカンを庇護している光景なのである。春の繁茂のようにメディチ家が繁栄することにあやかっているとも言われている。
 拙いながらも一応、部分的に怪しい知識は許していただき、全体としての物語はほぼ間違えてはいないと思う(思うだけだ)。とにかく、この生命の息吹や賑わいを語りかけてくるこの絵画は、私にとってのルネサンス時代の絵画の中で一番の代表格である。しかもここにあるフローラは美しい。理想像のような美がこのフローラにはあると個人的には思っている。
 ちなみにこの絵の中には約500種類の植物と約190種類の花が描かれているということだ。数えた人がいるのだ。ねぎらってあげたい。諸元としてはテンペラ画による制作で、1482年、205cm x 315cmである。
 またルネサンス期の人物の体型は、必ずしも両手、両足が均等に描かれていないものがある。これはダヴィンチやラファエロにも言えることらしいのだが、観る人の角度によって絵が不格好にならないために故意にそうしているというのが見解らしい。また遠近法の関係でそう描くこともあるそうだ。有名どころではダヴィンチの『受胎告知』のマリアさまの絵がそうである。別に寸法を測り間違えたという理由では無いようである。
 今回は私の気になる絵画と言うことで、印象派でもロマン派でもない、ボッティチェリの話にしてしまった。ルネサンス時代、私がもっとも楽しい気分になる絵画である(残念ながら私自身は現物を見たことはない)。春と言うことで時期的にもちょうど良いし、たまたまこの絵のことだけ知っていたゆえ、不肖な者であるが扱わせてもらった。他のこの時代の絵画のことはほとんど知らない。あくまで趣味の絵画鑑賞である。今回はこれにて失礼。


ボッティチェリ『プリマヴェーラ(春)』
http://www.wallpaperlink.com/bin/0702/03108.html

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